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北の湖の魔女 120話

 
120話 開戦

 煙が見える。数千の馬が蹴り上げた土ぼこりがもうもうと立ち込めて薄い茶色の霧のように視界を遮る。風が北に吹いていて良かった。目や口に砂が入るのは嫌いだ。子供のころを思い出す。
 「チョコさん、もうすぐ奴らが攻撃してきます。危ないですから中の方へ……」
 「ここでいい」
 「え、でも……」
 「敵を見ずに指揮なんか出せるわけないだろ」
 チョコはちらりと避難を勧めた兵士を見る。おどおどと、上目づかいでこちらの表情をうかがっている。その仕草を見て自分が苛立っているのがわかった。
 「構わないから君は他の仕事をしたまえ」
 そう言って場所を移る。砦の城壁伝いに迫りくる東軍の観察をする。
 西軍の砦は北西の森から木を切りだしてきて立てられている。その意味でも風向きが西向きでなかったのは幸いだ。一番怖いのは火攻めだったが、当面はそれほど心配しなくてよさそうだ。
 歩きながら兵士たちに声をかけ、指示を出していると城壁の正面に着いた。ビアード将軍もいる。次々と指示を出して忙しそうだ。
 「おお、来てくれたか。兵士たちはかなり参っていてな。元気づけてやってくれんか?」
 「なぜ私なんです。将軍の方が兵たちも喜ぶでしょう」
 「世辞はいい。お前の方がずっと兵に好かれている。やってくれ」
 「わかりました。私も景気付けは嫌いじゃないですし」
 「助かる」
 城壁の正面はすこし広い。将軍がここから指示を出すからだ。椅子もあれば太鼓もあり、法螺貝を持った兵もいる。チョコは太鼓のバチを持った兵に声をかけてバチを借りた。そして太鼓をデタラメに打ち鳴らした。
 「聞け、皆の衆! 今まさに東の国が我らが砦に攻め寄せてきた! 我らはこれを食い止めればよい! それでこの戦は終わる! 猛れ、者どもよ! 我が雄姿を目に焼き付けよ!」
 チョコ将軍は叫び終えると槍を手に取り、城壁から駆け降りると馬に跨って門を開けるように命じた。パカパカと門から外に出て東の国が来るのを待った。門が閉じる。
 東軍は閉門から一分も経たずに土煙とともにやって来た。チョコは布で口元を覆った。砂は嫌いだ。東の軍は城壁から遠く離れた所で止まっている。まるで城壁と東軍の間に広場があるように見える。チョコがぱかぱかと門前の広場へ進み出る。
 「よく来たな。待ちくたびれたぞ!」
 チョコの叫びに対して叫び返す者はすぐには出なかった。もう一度叫んでやろうかとチョコが考え始めた頃、ようやく返事があった。
 「やかましい! 城の目の前に陣取りやがって。邪魔だ。邪魔で仕方ないから、ごみ掃除に来てやったのだ。掃除するのに遅いも早いもあるか!」
 チョコはにやにやと笑った。本気で楽しそうな顔だった。
 相手の将軍は歩兵部隊を率いる将軍のようだ。
 「はっ! 掃除に来たのは我らとて同じぞ! 我らは鼠掃除だがな。巣から出てくるのを待っておったのよ!」
 「ふん、忌々しい口を利く奴よ! 死ぬ前にせめて名前でも聞いてやろう。覚えてやる」
 「チョコ・グァンバールだ。お前は何と言う」
 「エイア・ヴィウビィ」
 「は? ビビィ? かわいい名前だな」
 「ヴィウビィ、だ! 覚える必要は無いぞ、どうせすぐ死ぬからな」
 「ああ。死人の名は覚えなくていいからな。同感だ」
 「けっ。忌々しい奴!」
 二人はそれぞれの武器を構えた。チョコは槍、エイアは左腰に下げていた長剣を抜いた。静まり返った門前のコロッセオに鞘走りの音が響く。

***

 「どこ行へくんだよ」
 「さっき倒したっていう魔法使いのところだよ」
 シャインはホルトゥンの幕舎へ向かって走っていた。盾を取りに行くためである。
 しかし、そんなシャインをひょいと抱え上げた。そして近くにいた馬にシャインを乗せると自分も後ろへ跨り、勢いよく走らせた。
 「急いでるんだろ。お前の足じゃあ日が暮れらあ」
 「確かに。助かったよ」
 走らずに済んだシャインはやや上機嫌になった。声もわずかに楽しそうだ。
 「ホルトゥンは逆鱗の陣とやらを解除するためにどっか行っちゃったし、グルップリーを探してもいいけど、時間かかるし。なによりもさあ」
 シャインはレイケンを振り返り、にやにやと笑いかける。
 「いいこと思いついちゃったから、試したいんだよね」
 「いい性格してるぜ」
 レイケンが嫌味を言うが、シャインは気にせず笑みを浮かべて鼻歌を歌い始めた。

                        ***

 グルップリーは南門から出て東南へ馬を走らせていた。
 魔法が使えなくなったとき、彼は即座にホルトゥンが言っていた竜麟の話を思い出していた。本来は村を守護する役割を担っていた竜麟なら、逆の作用も及ぼすことができるだろう。
 それが正しいとして、今回の魔法封じも竜麟で陣を象っているとして、その効果から逃れるための最も簡単で確実な方法は何か?
 
 それは、「陣の範囲外まで出ること」。

 グルップリーの魔法は遠距離でも、正確性はともかくとして、問題なく機能する。ただ火の玉を発射するだけの魔法だからだ。威力自体は問題ない。今回以上に距離のある実戦も何度か経験している。むしろ反撃が困難になるため、離れれば離れるほどグルップリーの戦力は増強する傾向があった。
 
 つまり、グルップリーの作戦は逆鱗の陣の効果範囲外まで逃れた後、遠距離から東軍を攻撃する、というものである。
 グルップリーはこの作戦の成功自体は確信していた。実際に砦の城壁から東軍を観察したときに、東軍は全くグルップリーが思いついたような遠距離作戦を警戒していなかった。周辺は一面平地なので確認は容易極まりなかった。
 東軍の見落としはグルップリーがいると知らなかったこと、あるいは外見からは砦の出入り口が東西にしか確認できなかったからかもしれない。まあ不注意であることには変わりないが。
 グルップリーにとっての懸念は東軍が降伏に応じない場合、というか牽制の意味が通じない場合だった。今回の東軍の攻撃は遠距離の魔法使いがいると知らなかったとはいえ、あまりにお粗末な突撃だと言わざるを得ない。そんな東軍に声も届かない距離からの降伏要求が通じるかは疑わしい、と彼は思っていた。

 「あーあ……。着いちまったぞ」
 ついにグルップリーは逆鱗の陣の効果範囲外まで出てしまったようだ。小さな火を出して陣の中まで通過するか確かめる。……問題なく通過した。東軍まで攻撃できそうだ。
 
 グルップリーは馬から降りると天に向けて特大の火球を放った。

***

 「うおっ!?」
 握り拳ほど大きさの氷塊がいくつも飛んできたのでホルトゥンは慌てて飛びのいた。氷塊は目の前を通り過ぎてすぐ近くの岩に命中。岩は見事に真っ二つになった。
 「殺す気かよっ」
 「外したか……。当たり前です。早く死んでくださいよー。もう、いい加減寒いし……。先生を殺したら後ろの……西の国だったっけ、東だったっけ? ……あーもう、どっちの国の軍も何もかも全部ぶっつぶす。決めた、今決めた、決めちゃった。……とにかくぜーんぶ、皆殺しにするんでえ。早く死んでくださいよー」
 シエラがだるそうな表情で全身を揺らしながら叫ぶ。大きな声で叫んだかと思えば独り言のように囁いたりと、まるで酔っているようなしゃべり方だった。
 「うふふふふ。あの子はぁ、ホントのことをぉー、どのくらぁい知ってるんですかぁあ? 早く言わないと駄目ですよぉ? 心の準備をさせてあげなきゃあ、ねえ? 子供なんですからぁあ」
 シエラは戦闘が始まってから一貫して同じ戦法をとっている。あたり一面に広範囲に雪を降らせつつ、ホルトゥンの移動を阻むように常に氷の弾丸を放って牽制しているのだ。逆鱗の陣の効果で魔法が使えないホルトゥンはただ逃げ回ることしかできなかった。ホルトゥンはシエラの発狂状態が進行して理性を失い、戦法が崩れる時を待っていたが一向にそのときは訪れなかった。
 「あの子はバカじゃない。ホントのところは薄々感づいているよ。仕組みまでは知る由はないがな」
 「ふーん、つまんないの。ところでせんせー、さっきから私の自我が崩れるのを待ってるでしょ。わかってるんですからね?」
 「わかってるんなら早く(崩壊)して欲しいんだが?」
 「その(崩壊)って何ですかあー」
 強がりを言ったもののホルトゥンは内心焦っていた。こちらの作戦(と呼べるかは怪しいが……)はシエラにはお見通しだったのだ。おまけにシエラの雪のせいで周囲はかなり寒く、足はもうフラフラだ。感覚は既にだいぶ麻痺している。
 ホルトゥンは突然、足を止めて立ち止まった。
 「あら、立ち止まっちゃうんですか」
 「……寒い。手がかじかんできた」
 「足の間違いでは?」
 「どっちでもいいだろ」
 「あらあらぁ、相変わらず強がりで寒がりですね、先生ぇ。とぉってもかわいらしいわぁ」
 「昔はよく雪合戦したよな。お前こそあのときはかわいかったのに」
 ホルトゥンが足元の雪を一握りすくい上げる。
 「あら嫌味な言い方ですことー。……まったく、何年前の話をしてるんですかぁ」
 「327年ぶりかな。たったの。お前はまだこのくらいだった」
 ホルトゥンは雪玉を固めつつ肩をすくめ、腰のあたりで手を水平に動かした。シエラが露骨に嫌そうな顔をする。自分が327年以上生きていることをハッキリ言われたのが気に入らなかったらしい。
 「でも折角だから今日更新しようか」
 ホルトゥンはいきなり雪玉を構えた。思い切り振りかぶって高く投げる。
 「いや、当たんないですよぉ。それはさすがにぃ」
 案の定、雪玉は離れた所に落下。
 「相変わらずコントロールが、わっ!?」
 ……第一球は確かに落下したけれど、第二のノーマークな雪玉が顔面に迫ってきたため、シエラは慌てて避け、勢い余って転んでしまった。
 「くそぅ、このっ、先生めぇ! よくもやってくれた……」
 シエラが悪態をつきながら立ち上がった時にはホルトゥンの姿は見えなくなっていた。
 「ちっ、やられた」
 シエラはよく辺りを見回して確認するが、ホルトゥンの姿はやはり無い。しかし、周囲には岩くらいしか隠れられるような物は無い。
 「下らない真似を……。どうせなら最後まで弄んで殺したかったのにぃ……」
 シエラは両手を前に突き出して氷の弾丸を次々と発射させた。辺りの岩が砕け散り、みるみる数を減らしていく。
 「せんせー、どうですかあ? 逃げ場もなく、為す術もなく、ただただ無慈悲に殺される瞬間を待つ気分は。いい気分でしょ、いい気分でしょ?」
 「……いや、少なくともいい気分ではないだろうよ」
 シエラは背後から聞こえたホルトゥンの声に心底驚いた。心臓が止まるかと本気で思った。驚きのあまり、すぐに振り返ることができなかった。ようやく振り返れば、ホルトゥンは、シエラが最初そうしていたように、大きな岩に腰かけて彼女を見下ろして微笑んでいた。 



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119話 雪

 「久しぶりですって? あの日からまだひと月も経っていませんわ。やだわ、もうろくしちゃって」
 シエラと呼ばれた女は大きな岩の上に足を組んで座っていた。短めのドレスのスカートから白い足が見えている。
 「へえ、言うじゃないか。ひと月も保たなかった奴に言われたくないな」
 「あら、サンプルが欲しいっておっしゃったのは先生でしょう? ここまで早く発症するとは思いませんでしたの?」
 「仮にも二百年も私の弟子だったんだ。多少、色眼鏡で見てしまうのもやぶさかではないだろう?」
 「やぶさか、の使い方、間違っていますわ。でも、まあ、いいでしょう。くだらない話はこのくらいで十分。 ……いい加減、頭が痛いですし」
 「頭痛か。そうか、それは記録しておかないとな」
 シエラは岩から飛び降り、スカートをひらめかせてフワリと着地した。
 「逆鱗の陣のハンデがありますが大丈夫ですか?」
 「弟子に心配されるなんて末代までの恥だなあ」
 「言ってくれますね……。でもその末代って私のことですよね?」
 シエラが両手で杖を構えてにこりと笑う。杖がパキパキと凍り付く。
 「今からこの山を雪山にしますから、安心して眠ってください。先生」
 「雪山にするんだろ? 寝たら永眠してしまうじゃないか」
 「ええ、そうです。してください、永眠」
 「……眠る暇をくれるの?」
 そう言いながらホルトゥンはじり、と一歩踏み出す。
 ベリオは逆鱗の陣の中でも魔法を使用して攻撃を加えてきた。陣を無効化する道具を持っていたに違いない。 そしてそれはシエラも同じ彼女も当然ベリオと同じ装備で陣の効果を受けずに攻撃できていると考えるべきだ。
 というかそもそも相手は弟子だ。
 面倒くさいなあ。ホルトゥンは内心でため息をついた。

***

 同じころ、シャインも内心でため息をついていた。
 やってしまった。
 肝心なときにこれか。情けない。
 シャインは今、第五区の医療幕舎の中に縛り付けられている。中央の柱に後ろ手に括り付けられている。ここまで、戦闘は全くと言っていいほど無かったので負傷兵はいない。体調を崩して休んでいた兵もいたらしいが、先ほど始まった戦闘のせいで彼らも駆り出されたのだろう。すでに医官しか残っていない。当の医官はずっと本を読んでいる。ときおり短くなった煙草を足元に落とし、踏みにじって火を消しては、新しいものに火をつけている。
 やれやれどうやってここから抜け出そうか、と考えていると幕舎の入り口のあたりで妙な物音がした。ぐえっという高い声と、どんという低い音だった。音がしてすぐに入り口から知っている顔が表れた。医官がぎょっとした顔をしたが、そいつはまるで意に介さず、飲み屋にでも来たような調子で言う。
 「よう大将、こんなところで何してるんだ?」
 「見た通りさ。捕まったんだよ。あなたこそこんな所で何してるんだよ。脱走したのか」
 「ああ。ついでにあの鉄の魔法使いも倒してきたぞ」
 「ホントに?」
 シャインが意外そうな顔を見せる。レイケンが誇らしげに胸を張る。
 「どうだ。少しは俺のことを見直したか」
 「……ああ、うん? 別に見損なってなかったけど」
 案外こどもっぽい人だな、とシャインは思った。
 「それで? これからどうするつもり?」
 「ふむ。それなんだが、しばらくお前が指示を与えてくれないか?」
 「どうしたんだよ、いい大人が。自信たっぷりにそんなこと言うなよ」
 「やかましい。お前は俺を信じた。だから俺はそれに報いる。それだけだ。この戦いが終われば俺はどこかへ行く。だが今はお前の好きに命令しろ。役に立って見せよう」
 なんて勝手な人だ、とシャインは再びため息をついた。
 「わかった。好きにしてくれ。……じゃあ、とりあえずこの縄を切ってくれないか?」
 医官は知らん顔で新しい煙草に火をつけている。
 

***

 「……というわけで、早く門へ行ってビアード将軍とともに指揮を執ってきてくれないか」
 「わかった。任せろ!」
 そう言ってチョコ将軍は勢いよく外へ飛び出していった。数分後には門へたどり着き、怯える兵士たちを元気づかせるだろう。将軍は一兵卒からの成り上がりなので兵士たちにとってはどこか親近感があるらしく、かなり人気がある。人望もある。約束は決して破らず、人は断じて裏切らない。
……とまあそういうわけで、チョコ将軍の指揮が加われば門の守りもちょっと安心、というところ。一仕事してグルップリーはやることがなくなったので、目の前の椅子に腰かける。
 座るなんて久しぶりだ。このところずっと走りっぱなしだった……気がする。あの二人と会って、無理やり仲間にさせられてから、ずっと走っていた。ここになってようやく、魔法が使えなくなってようやく、私は休むことができる……。
 グルップリーはそのまま机に突っ伏して眠りに落ち、短い夢を見た。幼い子供のころの夢だった。

***

 石畳の上に雪が舞い落ちる。落ちては溶ける。あるいは踏まれて消える。わずかな生き残りは泥を吸って汚らしく道ばたに積もっている。僕はそれを両手ですくって雪玉を作る。作っては隣に置く。それを何度か繰り返すうち、道端の雪のように泥にまみれた女の子が隣に座り込んでいることに気付いた。そしてその娘が僕の作った雪玉を順に叩き割っていたことにも気付いた。僕が口を開いて彼女に何かを言う。不平の類だ。夢の中だからか、声はエコーでもかかっているようにくぐもってよく聞こえない。
 すると彼女はケラケラ笑って僕の手の中の雪玉を指さす。僕はまた壊されんじゃないかと思ったが、あまりに無邪気な笑顔だったので渡してしまう。すると、彼女はその雪玉を僕の顔面に投げつけた。投げつけて、それでいて、またケラケラ笑っている。泥まみれの汚い雪玉を投げておいて笑っているのだ。僕は何も言わずその子に雪玉を投げ返し、笑い返してやった。泣かすつもりだった。しかし、彼女は相変わらずケラケラと笑い続けるばかりだった。
 いきなりその子が僕の手をつかんで立ち上がり、走りだした。つられて僕も走る。そして走っているうちにいつの間にか夜になり、僕は家に帰りたくなる。けれどその子は僕の手を強く握ったまま放さずに走り続けている。夕日を背にした彼女のシルエットが怖くて、僕はからみつくその子の手を振り払って、逃げ出した。彼女と夜の闇に入っていくのが怖かった。彼女に背を向けて家へ、逆方向へ走り出した。逃げながら背後に音を感じた。足音じゃない。人間の形の骸骨が崩れるような、乾いた骨と骨がぶつかり合いながらガラガラ崩れるような、そんな音。その不吉な音がくりかえしくりかえし背後で鳴っていた。
 家に逃げ帰った僕は暖炉の前に陣取り、火に背を向けて座った。赤々と燃える炎なら、背中に走る悪寒と耳の奥に残る骨の音を消してくれるような気がした。

***

 夢から覚めたグルップリーは椅子から立ち上がった。そして幕舎から出て馬を探し始めた。
 火の魔法を覚えたのは骨の音が怖かったからじゃない。グルップリーは眠りから覚めたばかりだが、どこかクリアになった頭で思う。宿の無い娘を冷たい石畳と雪から守ってやりたいと思ったからだ。骨にならずに済むようにしたかったからだ。だから私にとってはこの炎はほんのわずかでもよかった。多少の熱があればよかった。暖炉の火の代わりになれればよかったのだ。
 馬を見つけた。跨ってわき腹を叩く。兵士と兵舎の合間を縫って馬が走り出す。……間に合うだろうか。
 自分の炎に熱を感じなくなったのは落とした城の数が十を越えた頃だったろうか。ある日、自分の炎が人を殺していると実感したのだ。宿があり火の灯る暖炉にあたる子供も、宿の無い雪に震える子供も等しく焼き殺すのだと気付いたのだ。
 人に死をもたらすだけの、殺意の熱すらもない、冷たい火の塊。今さら、それが世の中の役に立つとは思えない。思えないが、それでも賭けてみたい。やってみたい。
 シャインのおかげでそう思えたのか?
 そうじゃない。ずっと思っていた。種火はあった。無かったのは燃えるもの。あの少年がくれたのは火じゃない。油だ。
 精一杯やってから、やはりダメだったか、と笑いたい。やらないでは、笑えない。今、全力でやらなければ私はこのまま温度の無い炎に焼かれるように死んでいくだろう。
 間に合わせる。間に合わせなければ。さもなければ私はまた子供が死ぬのを見なければならない。
 まったく、あの二人に会ってから走っているのが板についてしまったようだ。

118話 魔女C

お久しぶりです。半年ぶりくらいでしょうか。もっとでしょうか。確認するのも億劫な怠け者をどうかご容赦ください。まあ、今後もたぶん失踪したりしながら続けていくんでしょう。きっと。あんまり期待しないで今後に期待してください。

ちなみにとりあえず北の海の魔女の更新をメインにするつもりです。一番早く終わりそうだし、ってか終わらせてあげないと。
では、今後もどうかよろしくお願いいたします。

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                       魔女C

 「ホルトゥンは『盾』の回収に向かった。逆鱗の陣とやらはこの砦の全体を覆っているはずだ。だから盾までは相当な距離があるはずだ。それだけ奴は遠くに行ったことになる」
 槍を持ったままレイケンはのしのしと歩く。堂々と歩くその様はまるで虎のよう。
 「東の国へ戻るなら今だ。ベリオとかいう魔法使いは倒しちまったが、俺がその分暴れて西の軍を引っ掻き回せば十分に挽回できる。さっき協力させた兵どもなら指示次第でどうとでもなる。一時とはいえ俺を信じたからな」
 しかし威勢のいい言葉とは裏腹にレイケンの唇は斜め下へと垂れ下がり、白い歯がむき出しになった。自分の言葉が自分で気に入らなかったのだ。 
 怒っている。
 怒りを感じている。
 誰に対して?
 ホルトゥンへ?
 シャインへ?
 ・・・・・・あるいは自分へ?
 ただの子供の言葉に心を動かされてしまった自分がいる。
 本来、部下を守り、主君へ誓い、国へ全てを捧げるべき自分が、そうしてきた自分がただの子供の言葉で変わってしまった。自分という人間は今までに積み上げてきたものを子供の言葉で無に帰してしまうほど考えなしの……。
 「くだらないな」
 ふと口に出る言葉。それは無意識に出た言葉ではあったが、レイケンはそれほど驚かなかった。
 もともと俺は物を考えて行動する人間じゃない。自分を相手に問答を繰り返しても無意味だ。最後には自分自身の心に反しないように、思うがままに行動しなければならない。今までに積み上げたものなんて知るか。大して積み上げてなんかいないさ。そう思っていたいだけだ。自分の今までは無駄ではなかった、意義のある人生を歩んでいるんだと自分に言い聞かせるための嘘だ。
 ……いつの間に俺は自分に嘘をつくほど臆病な人間になったのか?
 
 「くっくっく……、はははははっ! どうせ俺には家族はいない。思う存分暴れてやる!」
 突然レイケンは笑い出す。周りの兵が注目したが気にしない。気にならない。虎は笑わないが、笑えばちょうどこんな顔になるのではないだろうか。

 そうして嗤うレイケンの目の前をシャインが通った。第五区の医療兵舎へ連行されているところだった。

***

 「東の国が攻めてきたな。あの小僧の予想も当てにならんなあ」

 ヒゲの将軍(名前はビアード)とグルップリーは第九区の城門の上から東の国の進軍を眺めていた。
二人はチョコ将軍の説得の後、騒ぎを聞きつけて城門にやって来ていた。将軍を呼びに来てシャインと鉢合わせした伝令兵とちょうど入れ違いの形になる。
 「ワシはここで指揮を執る。あの小僧なら交渉する、などと言うだろうがそんなことは知らん。攻めてくるなら迎え討つまで。兵を国に帰すのがワシの役目だ」
 「・・・・・・」
 グルップリーは黙って自分の手のひらを見つめている
 「加勢してくれないか、グルップリー」
 グルップリーは口元に薄く悲しそうな笑みを浮かべた。
 「魔法が使えない」
 「なんだと?」
 ビアード将軍の眉間にしわが寄る。いざとなれば、グルップリーの魔法を頼りにしていたのだろう。
 「東の国の策略だろうな・・・・・・。魔法が全く使えなくなっている。頼りにしてくれてたんだろ? 悪いが、私には何もできない」
 「どこへ行くのだ?」
 「チョコ将軍を呼んでくる。私よりは、役に立つだろ?」
 グルップリーは城門の階段を下りていった。

***

 大臣たちがいる東の国の軍の前方の騎兵隊よりやや後方にて。規律正しく正方形になって走る歩兵数百を率いて将校とその側近が駆けている。
 「もう一分もすれば砦を攻撃できる位置まで来る。兵にはその後の攻め手を伝えてあるな? あ~あぁ・・・・・・」
 将校が側近へ確認し、指示の終わりに眠そうな欠伸をもらした。
 「はい。準備が出来次第、火矢と投石を開始するよう伝えてあります」
 側近の報告を聞いて将軍は深々とため息をついた。といっても別に側近の報告に不満があるわけではない。不満があるのは上司だ。
 「ったく・・・・・・、クソ大臣どもめぇ。今日は休みだっつってたのになァ。たまらねえよ」
 「大変ですねえ」
 「本当に大変なのはあいつらだよ」
 男は親指で後ろを指した。兵たちが走っている。当然鎧を着たままはしっているのでがっしゃがっしゃと騒々しい音を立てていた。いかにも重そうだ。
 「あんなに重そうに走ってるあいつらを見てると俺も馬を下りて走った方がいいんじゃあないのかって思うぜ」
 「こないだやろうとして私がさんざん止めたじゃないですか。もうやめて下さいよ?」
 側近が口を突きだして言う。それにしても随分と口調がいいかげんな側近だが、将軍は気にした風もなく話を続ける。
 「わーかってるよ、兵士たちまで止めるもんなぁ。あのときは。参ったぜ」
 本当に参ったのは私です、と側近は言いたかったがやめておいた。どうせ言っても意味がない。むしろ面白がって嫌がらせをされそうだ。言わなくてもされるのだが。
 「今日は勝てると思うか?」
 「わからないですよ、そりゃあ。相手のことなんにもわからないんですから。わかってるのは兵力は向こうが上だってことです」
 いやいや、と将軍は首を振った。
 「それじゃあ、ざっくりしすぎだ。もっと詳しく考え直そう。向こうには魔法使いが少なくとも一人はいる。必ずいるのはホルトゥン。元は我らの味方の宮廷魔法使いだったあいつだ。幻術使いの。だが、今はなんとかって魔法使いに教えてもらった・・・・・・、あの、ほら、ナントカの……」
 「逆鱗の陣」
 側近は間髪入れず答えた。
 「そうそれ。ゲキリンの陣。それを提案されて、大臣は急に元気がよくなった。まあ、ずっとあの目の上のタンコブ……、いや目の前のタンコブかな、……が鬱陶しかったんだろうな。援軍を気長に待つのをやめちまった。まあ、西の軍の狙いがわからんから良手か悪手かもわからんが・・・・・・。それにしたってもっと現場の声をだな・・・・・・」
 「将軍、脱線しかかってます」
 「お前はたまには俺のグチにつき合えよ」
 「何言ってるんですか。週三で飲み屋に付き合ってるじゃないですか。これ以上のグチはどっちかの耳から垂れ流されてしまいますよ」
 「お前はいつも垂れ流してるだろ」
 「またグチ聞いてあげますから。もういいですから。早く、続きを」
 「俺が言いたいのは、魔法が使えなくなっても連中の兵力が減る訳じゃない。だから兵力の劣る我々としては連中をパワーダウンさせる必要があるわけだ。奇襲なり、罠なり・・・・・・なんでもいい。とにかくこのまま正面突破ではいかにもまずい。大臣はいきなり突撃すれば奇襲になる、とか言っていたが・・・・・・。そんなんで奇襲になったら戦はどれほど楽かって!」
 最後に将軍は自分の膝を思い切り叩いた。大臣たちの戦を甘く見ている所に腹を立てているらしかった。明らかに何か言いたそうだ。
 「我らにも魔法使いが二人、いるではありませんか。それでも不安ですか」
 しかし、側近にとってはそんな将軍の怒りは日々の飲み屋で散々聞かされているので、それはスルー。仕方なく将軍も話を続ける。
 「……それだ。それがまさに気がかりだ。我々の命運が得体の知れない魔法使いの手に握られているのだ。気味が悪くて仕方ないわ!」
 「将軍から見てどうでした?」
 「何がだ?」
 「魔法使いの印象です」
 「小僧の方はダメだな。井の中の蛙というかなんというか・・・・・・。強いのかもしれんがすぐに折れそうな類ではないか?」
 「では女の方は?」
 「わからん」
 「え?」
 「あんな不気味な女は初めて見た。大臣たちは勝利の女神だと褒めたたえていたがな」
 「勝利の女神、ですか」
 「そうだ。あれが何を目的として我々に陣の知識を与えたのか・・・・・・。俺はそれが気になって仕方ないんだよ。この戦いに勝っても負けても……あるいは西の国に負けるなんかよりももっとひどいことが起きるんじゃないかって気がするんだ」

***

 シャイン(少年)たちが騙して連れてきた西の国の軍は東の国の城の正面に陣取っている。陣から見て東に城が見える位置。距離は手に持った卵と城の大きさがだいたい同じに見える程度の遠さ。
 城の大きさがわからないから距離もわからないって?
 だいたい想像通りの大きさですよ。どっかの夢の国のナントカ城くらいの大きさじゃないですか?
 さて、陣から見て東と南にはだだっ広い平野があり、北と西にはそれぞれ大きな山と小さな山がある。二つの山の間は狭く、谷になっている。厳密に谷が何かは知らないが・・・・・・、とにかく険しい所だ。これのせいで東の国の援軍がすぐに駆けつけられずピンチに陥った、というのを少し前に誰かが話していたはず。
 今、話したいのはこの西の山。北の山はひとまず置いといていい。まあ、もう語られる機会はこの物語の中で無いだろうが・・・・・・。
 とにかく西の山は大して高くはないが、幅は広く、かつ険しい山であった。険しいのは大きな岩がごろごろと転がっているからだ。昔、北の山が火を噴いたときに飛んできた岩がそのままになっている。人なら越えられるが馬はムリ。東の援軍はこの山を少数精鋭で越えて奇襲をかける作戦を立てたけれど警備が厳重すぎて失敗したらしい。
 脱線してばかりだけれど、ようやく本題。我らが大魔法使いホルトゥン様がぜえぜえと息を切らしながら転がっている巨大な岩の間をふらつきながら登ってきた。見方によっては巨人の拳骨で何度も殴られる男、に見えなくもなくはなくてなくない。
 「おかしいなァ・・・・・・。こっちじゃないのか?」
 もちろんホルトゥンは登山を楽しんでいるわけではない。『盾』、もとい竜鱗を探しているのだ。
 「鱗がどこにあるかなんてわからないもんな。でもあいつがこの結界を張ったなら絶対にこの辺りのハズだ」
 ぶつぶつとつぶやきながら岩と岩の間を危なっかしく往復運動している。もやしっこが慣れないことをするから、
 「あーっ! くそーっ! 出てこい、いるんだろ! 早く出てこぉいっ!」
 叫びだした。山だからまだいいものの、人里なら大迷惑である。村八分にされてしまう。
 しかし、聞こえたのは村八分の罵声ではなくて女がくすくすと笑う音だった。妙に大きく聞こえるその音はなぜか周辺一帯から聞こえているようだった。
 ふと見上げると女が岩の上にいつの間にか腰かけていた。白と黒の三角模様で全身を覆うドレスを身に着け、おなじく白黒の大きな三角帽子を被っている。そして帽子と胸元には巨大な目玉をモチーフにしたデザインが描かれていた。ハッキリ言って狂気じみた格好であった。
 「お久しぶりです、先生」
 「ああ久しぶりだな、……シエラ」

はじめに

こんにちは、ジャバウォッキーです。
このブログは私が書いた小説を載せておくところです。毎週水曜日に更新します。なんと不定期更新です。
以下にこのブログに掲載している小説の題とちょっとした説明を書いておきます。

「さまよう羊のように」
思いつきで親友の住んでいる国に海外旅行して来た主人公がマフィアに追われる女の子を無我夢中で助けてしまう、というお話。その子をマフィアの手から何とか逃がそうと奮闘します。完結しました~。見所は終盤の舌戦。

「女神テミスの天秤]
普通の大学二回生で空手サークル所属、現在片思い中の関静(せき・しずか)が家に帰ると、知らない男がいすわっとる!その男は未来から来た魔法使いだった!なんてこった!
そんな二人の一年間を描く。超放置中。

「夢幻」
自殺を図った少年と病の少女を愛する少年の話。
幽霊・妖怪がらみのバトルものになるはず。超放置中。

「北の海の魔女」
少年が魔女にさらわれた妹を助けに旅に出る、というお話。当初は童話風に書いていましたが世界観が合わなくなってきたので書き方を変化させました。もうすぐ完結。
とりあえず狼の下りまでは読んでほしいと思っている作品。見所は舌戦。

「ドレス&タキシード」お姫様と執事の追いかけっこ。北の海の魔女のつなぎで更新するようになってきました。見所は掛け合い。

「詰みかけのゲームみたいな世界に迷い込んで」雪山遭難自殺を試みた少年は別の世界に迷い込む。その世界は「詰みかけ」ていた……。流行りに乗っかって異世界物を書いてみました、な作品。見所はめまぐるしい展開の連続ですがめまぐるしい展開が聞いてあきれる更新速度です。鼻で笑ってください。


というカンジ。
オススメは「北の海の魔女」です。話の流れが比較的速いことと、童話形式が抜けた後は僕の小説らしさ(何言ってるんだか半人前が、って話ですが)がまとまっている気がするので。この話が気に入って下さったなら次は「詰みゲー」か「さまよう羊のように」をオススメします。前者は割と全力を傾けているため、後者は完結しているためです。他の作品はいつ完結するのかもわかりません。いつかは完結させますが、とりあえずは未定です。

暇になったときにでも読んで下さい!では!

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詰みゲー! 5-4 一難去って…

お久しぶりです。天野孔雀です。まだ読んでくれてる人は果たしているのだろうか、いやいない(反語)。
というわけで一月ぶりくらいの更新です。今後も不定期でいくのでよろしく。



~前回のあらすじ~
魔動飛行船<キャシャラト>に乗って中央大陸(セントリア)へ向かっていたジョン、シャープとその他四人は海上で魔物、<大蜂《ジャイアントビー》>の群に出くわす。ポーン級の衝突に耐え、ルーク級を片づけたジョンたちであったが・・・・・・。


    5-4   一難去って…

<紫電槍《ライトニングジャベリン》>を頭部に受けたルーク級の<大蜂>は黒こげになった身体を崩壊させながらゆっくりと海へと落ちていった。

「これで敵はいなくなったか・・・・・・」

ふーやれやれ、とジョンが額の汗を拭いながら天井のハッチからハシゴを伝って降りた。するとジョンのところにシャープたちが寄ってきた。

「なんかわからんがよくやったのぉ、ジョンよ」
とシャープがジョンの肩を叩く。そんなことないさ、と謙遜しながらジョンの鼻が伸びているように見えたのは気のせいではないだろう。

そのとき、操縦席から「う、わー・・・・・・!」というどこか間の抜けた叫び声が聞こえた。ローシェがお腹でも下したのだろうか。

「どうした? 腹でも下したのか?」

ジョンたちが操縦席に入ると、ローシェは本当に具合の悪そうな顔で力なく笑い、

「ルーク級が空けた穴からポーン級がなだれ込んできました」

と言った。


         ***


「は?」

ジョンはぽかんとするばかりだったが、やはり経験の差というものはあるらしい。ペニーがいつもよりさらに髪を逆立てながら聞く。

「半壊したシールドを帰化させてスピードを上げれば振り払えるんじゃないッスか? 抵抗が減るッスから・・・・・・」
(※帰化・・・・・・魔力から具象化したマテリアルを再び魔力に戻すこと)

ペニーの提案にシエルがふるふると首を横に振る。

「試みたが、<大蜂>はすでに機体に取り付いてしまっている。速度を上げた程度では振り払えない。当然<魔銃>は使えない。機体が損傷するからな」
「えーっと・・・・・・、<大蜂>が機体に取り付いていたとして・・・・・・一体何がまずいのかしら?」

アーニャが割り込みで疑問を口にする。

「ただ機体に穴を空けられる程度なら問題は無いのじゃ。高度はさほど高くないからの。気圧や温度でどうこうということはない。問題はのぅ・・・・・・」
「スペルだよ、アーニャ」

大事なキーワードをローシェがしれっとした顔で口にした。シャープの恨めしげな視線に気づくことなくローシェは続ける。

「万が一、連中が飛行スペルに傷を付ければ<キャシャラト>は墜ちる。文字通り、墜落だ」

ローシェは手で飛行機が落ちる真似をした。その仕草はお世辞にも分かりやすくはなかったが、妙に落ち着いたローシェの様子が逆に不気味だった。

「墜落か・・・・・・。何とかならないか?」
「なりませ・・・・・・」

ジョンの質問にローシェはキッパリと答えようとして、止まった。

「・・・・・・ローシェ?」

黙りこくったままのローシェを心配してジョンが肩を揺する。するとローシェはホラー映画に出演できそうな形相で勢いよく振り返った。

「ジョンさん!」
「お、おう、なんだローシェ」

ジョンはローシェの形相にやや気後れしていた。ホラー系は苦手なのだ。

「なんとかしてください!」

そう言ってローシェはジョンの肩をがしっとつかんだ。


         ***


「なんとか・・・・・・ってこういう意味かローシェの奴・・・・・・」
「ほーお、こう一日に何度も来られると俺としては複雑な気分だな」
「黙ってろよ」

ジョンはスキル<魔導の極意《スペルハート》>で<試練の塔>に来ていた。おかげで会いたくもない<番人>と会うハメになったのだ。
四章の最後くらいに出てきた<試練の塔>。
<試練の塔>ではどのようなスペルでも獲得可能だ。
ただし、その能力は選ぶことはできても獲得条件の試練、獲得スペルに付与される使用リスクはジョン自身には決められない。

「ふん、用件はわかってるだろ。さっさと『物体を浮遊させるスペル』を修得するための敵を出せ」
「そうトゲトゲすんなよ。俺だって好きでお前をいじめてるワケじゃないさ。これが俺の『役目』なんだよ」
「・・・・・・いいから早くしろ」
「へいへい」

ジョンの言葉に応えて<番人>がぱちん、と指を鳴らす。ジョンは具象化した剣を構え、<番人>に向かって叫んだ。

「もったいぶるな!早くしろ!時間が無いんだ!」

<番人>はどこから出したのか長いベンチに寝そべって本を読んでいた。まるでこれから起こることには興味が無い、と言わんばかりだったが、それでも<番人>はやれやれと首を振ってジョンに忠告した。

「ふん、もう呼んださ。あと三秒後に部屋のまんなかに出てくるからな。ちゃんと見とけ」
「どんな敵が出てくるんだ?」

三。

「弱気じゃないか、怖いのか?」
「バカ言え。参考までに聞いてみたんだよ」

二。

「そろそろ出るぞ」
「ドンと来い!」

一。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

零。




部屋の中央に忽然と現れたそれは、


直径一メートルの、


ふわふわ浮かぶ、マンホール。



          ***


「マンホール!?」
「マンホールだよ。直撃もらうなよ、死ぬからな」

驚くジョンに<番人>がページをめくりながら忠告する。
その<番人>の様にイラッときたジョンだったが、すぐに注意をマンホールに戻した。

というか、高速でまっすぐ突っ込んでくる鉄の塊を前にしては<番人>なんか気にしていられなかった。

「速っ!」

通り過ぎざまにジョンが叫ぶ。ジョンはなんとかかわすので精一杯だった。

(でもドッジボールの玉よりいくらか速い程度だな!)

そのマンホールはまっすぐにジョンに突撃した後、直角に上に曲がり、急降下してきた。

「重力で加速するつもりかよ!だったらこれでどうよ!」

ジョンは具象化魔法(マテリアル)で自らを覆う巨大なイガグリが如きトゲ付き球体を作った。
マンホールはトゲの中に突っ込んでくるようなマネはしない、と高をくくっていたのだろうが、

「浅はかだな!」

<番人>のその言葉が正解だった。
マンホールは超加速落下の勢いゆるめることなくジョンのイガグリシールドに突撃した。

結果。

マンホール、無傷。

イガグリシールド、貫通。

ジョン、捕獲。


「・・・・・・誰が浅はかだって? クソヤロー」

ジョンは破壊されたイガグリシールドの中で氷の盾を構え、マンホールを凍結停止させていた。

「・・・・・・反撃特化のシールドなんて張らずに防御特化を張るべきだと思ったが、なるほど。防御の甘いシールドを張
り、突撃を誘ったわけか。やるじゃないか」
「ほら、さっさとスペルよこせ。勝ったぞ」
「厳密には殺してないがな。まあいい。くれてやろう。
<ナミノリ>だ」
「サーフボード?」
「人間なら重量に関係なく十人まで浮遊させられる。ただし使用者に触れていること。連続使用可能時間は五分。断続使用に制限は無し。魔力消費はかなり多め、だ」
「・・・・・・性能が良すぎるな。魔力消費はどのくらいなんだ?」
「連続五分使用可能と言ったが、一分で紫電槍一本分だな」
「あれ作るのに半日分の魔力使ったんだぞ? 残りの魔力で何秒飛べる?」
「魔譜を破ればいいだろうが。回復アイテムはどんどん使っとけ。死ぬぞ」
「へーへー」


           ***


「取ってきたぞ・・・・・・ってなにこれ落下中?」

ジョンが<試練の塔>から戻ると船室でシャープたちが浮いていた。自由落下というやつだ。かなりギリギリだったらしい。

「ちょうど良いところに帰ってきたのぉ」
「早く何とかしてください!」

のんびりとしたシャープとは対照的にアーニャが鬼気迫る表情でジョンに叫ぶ。
どうやら時間がないらしい。
迷っている暇は無さそうだ。

「仕方ねーなー・・・・・・」

ジョンはポケットから魔譜をごっそりと抜き取ると口にくわえて噛みちぎった。

ジョンの体の奥底から大量の魔力が溢れる。多すぎたかもしれないが、ケチっていられる状況じゃない。

「召喚、<ナミノリ>! 俺に捕まれ!」

ジョンの目の前にぼふん、とサーフボードが現れた。
ジョンはそれに乗ると浮遊魔法で移動し、仲間を回収し、
ハッチから外へ飛び出した。
同時にすさまじい砂嵐に襲われた。目を開けることも、口を開くこともできない。


この時点で<ナミノリ>発動から三十秒経過。


<キャシャラト>はジョンたちの脱出とほぼ同時に地面に墜落した。
バキバキと硬質のマテリアルが破壊される音が響く。
あれが墜落しなければミリア探しもどれだけ楽だったろう、などという考えがジョンの頭をよぎった。

しかし、すぐに
(過ぎたことだ)
と頭を振って着地地点を探し始めた。浮遊可能時間はいくらも残っていないのだ。

中央大陸(セントリア)に到着したらしく大地があるのは結構なのだが(海なら確実にジエンドだった)、いかんせん砂嵐が激しく、地面が見えず、下手をすると墜落よろしく地面に仲間を叩きつけてしまうかもしれなかった。

しかし
(・・・・・・ええい、ままよ!)
とジョンはキャシャラトが墜落した付近に突っ込んでいった。さきほどの音で地面までの大体の距離がわかると踏んでいたのだ。
このまま飛んでいればどの道、仲間を落としてしまう。なら一か八か!という思考が働いたようだった。

しかし、ジョンが背負っているのはお荷物ではない、仲間である。

「<ウィンディア>! ジョン、砂嵐は任せろ!」

ペニーの叫び声で砂嵐が割れて目を開けることができるようになった。

「サンキュー、ペニー!」

ジョンは地面に無事に着地し、仲間を下ろすとへたりこんだ。さきほどの魔譜の分の魔力はとっくに使いきっていた。
隣でペニーが再び風魔法<ウィンディア>を使う。砂嵐を晴らせて、目的地を見るためだ。

しかし、ペニーが晴らしてくれたおかげでジョンたちは数十体の人型の魔物に囲まれていることに気づいた。

「一難去ってまた一難・・・・・・」
ジョンは力無くそう呟くと、はは、と笑った。

北の海の魔女 117 逆鱗結界

117 逆鱗の結界

前回のあらすじ
シャインは東の国が進軍しているという知らせを受け取るが、直後に真面目な西の兵たちによって捕らえられてしまう。ホルトゥンが第七区でベリオと抗戦しているとき、隣の第八区ではレイケンが雄叫びを上げていた。


ちなみに陣の区分けは
123
456  →  東の国
789
という感じで並んでいます。だから第五区だと真ん中ということになりますね。東の国は方角の参考に。
ちなみに4区に将軍の幕舎(作戦会議室あつかい)があります。

今回、シャインは5区、ホルトゥン&ベリオは7区、レイケンは8区と7区の境目くらい、グルップリー&ヒゲ将軍は9区にいるところからスタートします。
それでは。






「しつこいですよ先輩!いい加減に死んでください!」
「まだ、まだだ・・・・・・。はあはあ・・・・・・」

ベリオの襲撃から約十五分。<浮遊《フライ》>と<鉄《フェルム》>の魔法を使用し続けるベリオに疲れの色はほとんど見えなかったが、対照的にホルトゥンの息の荒さはすでに彼が限界であることを物語っていた。

「そろそろ限界みたいですねえ。それじゃあ、止めと行きますか!」
「マジか!?」

ベリオは両腕を天に向かって広げると、

「降り注げ!<鉄の雨《フェルムレイン》>!」

そう叫んで文字通り小さな鉄球を雨のように降らせた。

「いっ、いた、いて!痛ててててて!」

一つ一つは大した威力ではないのだが、なにせ量と範囲と密度が半端ではない。ホルトゥンは頭部を両手で覆ったが、覆いきれないところに無数の攻撃を受けた。
痛みと目眩でうずくまるホルトゥンに対してベリオが笑いながら声をかける。

「ふふふふふ・・・・・・。この技は神経使うから使いたくなかったんですけどね。先輩があまりにちょこまか逃げ回るから使っちゃいましたよ」

そしてホルトゥンを指さすと、

「これでもう動けないでしょ。おわかれです、先輩。俺、先輩のこと嫌いじゃなかったです」

そう言って右手を掲げ、特大の鉄球を作り出した。

「ま、嘘ですけどね」

ベリオはその鉄球を慎重に、狙いを定めてホルトゥンの上に落とそうとした。
しかし、そんなベリオの右腕から突然一本の矢が生えた。鉄球が見当はずれの方に落ちる。

「・・・・・・???」

いきなりのことに頭上に『?』を浮かべてベリオは一瞬戸惑い、そして、

「うおああああああああっ!なんだこれえええええっ!?」

絶叫した。やがて怒りの籠もったまなざしで地上を睨みつけた。

「貴様かっ・・・・・・!」
「俺様だ」

そこにいたのはレイケン将軍と数十人の西の国の兵隊たちだった。


      ***


「ほら、ボウズ!しっかり歩け!」
「う~、くっそー!あの伝令兵めー!」

シャインは歯噛みしながら兵士に第五区へ連行されていた。

「お前は今から医療舎行きだ!大人しくしてろよ!」
「え、優しい女の人とかいるの?」
「いるわけねえだろ。男の衛生兵ばっかだよ」
「なんだ・・・・・・。がっかりだよ・・・・・・」
「そう気を落とすなって」

第五区には怪我をした兵士たちを診るための簡易的な医療舎があった。シャインはまだ子供、ということで情けをかけられてそこに連行されていた。

そして数分後にはシャインは無事に第五区の衛生兵の所へと届けられた。


      ***


「弓兵ども、構えろ!」
「『ども』は余計だ、東の国の裏切り者め!」

レイケンの合図(?)で弓兵がベリオに向かって矢を一斉に放つ。
しかし、ベリオは<鉄《フェルム》>で鉄の盾を作り、これを防いだ。

「不意打ちでもなければ当たりやしねえよ!クソ将軍が、俺を傷つけたことを後悔させてやる!」
「やれるもんならやってみろよ、クソガキ」

レイケンが指先でちょいちょい、と挑発する仕草をした。ベリオは挑発に乗ってホルトゥンの頭上からレイケンの頭上へと移動した。
レイケンのそばにいる弓兵たちはベリオを見上げる格好になって射るのが難しそうだ。

「死ねよ、クソ将軍」

口調までがらりと変わったベリオが再び特大鉄球を出した。
落下する鉄球を紙一重でかわした将軍はにやりと笑った。

「死ぬのはお前だ、クソガキ」

瞬間、ベリオの左半身に矢が何本か突き刺さる。痛みで意識を失ったベリオは<浮遊《フライ》>で浮いていることができずに落下した。

レイケンは弓兵の班を二つ作り、一つをそばにひかえさせてベリオの前に姿を現した。もう一つの班は近くの物陰に潜ませていたのだ。ベリオは見通しの良い空中にいたがホルトゥンに夢中で彼らの動きに気づくことができなかった。
レイケンはベリオが頭上に来るタイミングーーーーー視野が最も狭くなるタイミングを見計らってもう一つの班に矢を放たせたのだ。


      ***


一方、東の軍の先頭。

「ふはははは!今、連中は突然侵入してきたベリオにかかりきりのはずだ!ホルトゥンめ、いまごろやられてしまったやもしれんな!」
「頭の良い大臣方の作戦です。成功間違いなしですよ」

先鋒を任された将軍とその側近が話している。
この二人はもちろん、大臣たちも彼らが攻める陣、砦にもう一人の魔法使いグルップリーがいることは知らない。
グルップリーは戦闘において顔を見せたことはほとんど無かった。いつもは顔を隠して遠くから魔法を使っているからだ。
故にグルップリーが西の国の遠征軍に参加していることを知っていた者はいなかった。そもそもその名前すら知られたものではないのだ。素性の知れないグルップリーはその魔法から『城門破り』の異名しか持っていなかった。
そして今回の戦闘で『城門破り』はついぞ姿を見せなかった。アヴィンの関所が開いていたからだ。
しかし東の国は『城門破り』でなくとも他の魔法使いがいる可能性は考慮していたらしい。
なぜなら・・・・・・。

「それにしても大臣方も贅沢なことをする!国宝級の代物を全部使うなど!」
「『盾』のことですか?そうですよね、今回の突撃だけでも三つも使うなんて!」
「原理はわからんが・・・・・・今あそこは魔法が使えなくなっているのだろう?そしてこちらの魔法は使える、と。反則のようで気が引けてしまうがな!ふはははは!」
「三つの『盾』で三角の陣を作り、敵の砦を囲む・・・・・・。それにより、敵の魔法を無効化する一方で味方の魔法は増長・・・・・・。確かに反則的ですね」

東の国が『盾』・・・・・・竜の鱗を利用して作り上げたのはかつて竜が作れと言った陣の真逆の性質を持つ陣だった。


      ***


ホルトゥンは地面に倒れたベリオから『盾』を奪い取ろうと、ベリオの身ぐるみをはいでいた。レイケンはそんなホルトゥンに多少ヒキつつも彼を手伝っていた。
不意にホルトゥンが立ち上がる。

「『盾』を持っていない・・・・・・ということは、これは『逆鱗の陣』だな」
「げきりん?」
「東の国が国宝として有り難がっているものは竜の鱗だ。竜の鱗は強力な魔法道具だから単独でも十分すぎる効果がある」
「魔法を無効化するってやつか。聞いたことあるな」
「だが、竜の鱗の真の効果は複数枚使用しての結界だ。完全なものを作るにはおそらく十二枚必要だが、弱いものなら三枚で十分作れる。これは本来の効果とは違うが・・・・・・」
「本来の効果?」
「本来は守護竜が守ってきた村の平和を願って作るようにいった陣だ。竜鱗の陣、と言う。外敵の魔法を無効化するのはもちろん、天災なども防いだはずだ」
「じゃあ、今は・・・・・・」
「ああ。おそらく逆の効果が発動している。『陣の中の対象者』はもれなく魔法が使えなくなる。兵も弱体化しているかもしれない。・・・・・・まあ、完全なものでないから効果は魔法に関するものだけだろう」
「そ、そうか・・・・・・」
「嫌な予感がするから私は竜の鱗を見つけて回収する。お前はシャインを見つけてこのことを伝えてくれ」
「お、おい!俺のことを信用しすぎじゃないのか!?」

痛む身体を動かしてホルトゥンはすでに歩きだしていた。
レイケンの言葉にホルトゥンは気だるそうに答える。

「シャインが信用したんだ。私が信じないわけにはいかないんだよ」

そう言うとホルトゥンはその場から立ち去った。

詰みゲー! 5-3 襲撃と衝撃


今週は詰みゲー!の更新です。今回はジョンが活躍してるかも。
ちなみに今後は更新がテキトーになります。ご了承ください。
それでは。




5-3 襲撃と衝撃


「敵襲じゃ!」

操縦席からジョンたちのいる第一貨物室へ入ったシャープは開口一番にそう言った。
ジョン、アーニャ、ペニー、シエルが一斉にシャープを見る。シャープは続けた。

「前方に<大蜂《ジャイアントビー》>の大群だ。空での戦闘経験が最も多いローシェが臨時でリーダーだ。指示をよく聞け」

ジョンは「俺の立場は?」と思ったが黙っておくことにした。人間関係に波風を立てないことは大事だ。
数秒後、船内の譜機械(スペルマシン。略してスペマ)でローシェの声が響いた。これの名前は『伝音機』という物で、無線や電話のようなものだ。

「<大蜂>の群れには約七十秒後に接触します。視認できる限りではポーン級が少なくとも百から二百。ルーク級の有無はわかりません。これから指示を出します」

そこでローシェが息継ぎを挟む。

「シエルは操縦席に、ペニーは砲撃台へ。准将とジョン、アーニャは第一貨物室で待機。ジョンとアーニャは准将の指示に従って下さい」

ローシェの指示でシエルは操縦室へ向かい、ペニーは天井への梯子を上り始めた。第一貨物室の梯子から船外に出ることができる。砲撃台は船の背中、ちょうどイルカの背びれのような位置にあった。

「砲撃、開始!」
「合点承知ってなもんよ!」

ローシェの合図とともにペニーの大声と銃声が聞こえてきた。
ちなみにペニーが砲撃台で撃ちまくっているのは<魔銃>という譜機械(スペマ)で、具象化結晶(マテリアル)の弾丸をスペルで撃ち出している。強力な武器で、マテリアルの鎧で覆われた魔物でもダメージは割と通るのだが、残念なことに重量と反動の関係で携帯武器にするのは難しい。

「砲撃、止め!シールド、展開!」

<大蜂>の群との距離が縮み、ローシェが新たな命令を下す。
<魔銃>なら<大蜂>単体にけっこうなダメージは与えられる。しかし群全体を食い止められるか、と言うとそれは土台無理な話だ。射程距離に入ってからシールドを張るまでのわずかな時間にペニーに撃たせたのは一匹でも減らしたいというローシェの本音があったからだ。焼け石に水でもやらないよりマシ、ということである。ちなみにシールド展開中は内から外への攻撃も遮断されるので<魔銃>も使えなくなる。

ガガガガガガガガガガガ!!

大量の<大蜂>がシールドにぶち当たる音が船内に響く。ついでに殺しきれなかった衝撃もかなり船内に来てしまっており、ジョンたちはたまらず船壁につかまった。
シールドはつまるところラグビーボールのような形をした巨大な具象化結晶に過ぎない。それをキャシャラト本体につないでいるだけだ。シールドは攻撃を受け続ければ壊れるし、衝撃も緩和されてはいるものの船内に伝わるのである。

しばらくすると、地震のように続いていた揺れがピタリと止まった。直後、ローシェの船内放送が流れた。

「ルーク級の個体を正面に確認!総員、衝撃にそな・・・・・・」

ローシェの警告の途中で衝撃はやってきたが、警告が十分早くとも大して意味は無かったろう。知っていても到底耐えきれる衝撃ではなかったのだ。
シャープが吹っ飛び、ペニーは梯子から落ち、アーニャが宙に浮き、ジョンは操縦席への扉に叩きつけられた。

「うおっ!」
「ぎゃっ!」
「きゃっ!」
「ぐはっ!」

ジョンが打ったらしい頭をさすりながら貨物室のメンバーの様子を見た。全員深刻なケガは無さそうだった。そして振り返ると操縦席への扉が開いており、ローシェとシエルの姿が見えた。二人とも無事らしい。
そこまで確認してジョンはふと視線を上にずらした。フロントガラス越しに外を確認しようとしたのだ。

奇怪な物が視界を遮っていた。
それは巨大な一つ目の模様。誰かが壁に書いた大きな目玉のラクガキ。いくらかコミカルにも見えるそれはこの緊迫した雰囲気にひどく不釣り合いだった。

その巨大な目玉模様を持つ魔物がルーク級の<大蜂>であり、たった今シールドを破壊したのだとジョンが理解するまでに三秒かかった。


***


ルーク級、ポーン級とは、魔物たちを分類する等級である。ポーン級は雑兵、ザコに当てられ、ルーク級はとりわけ大きな個体や重量のある個体に当てられる。
ポーン級の<大蜂>は体長一メートル。昆虫の蜂としては十分に大きいが、ルーク級は体長五メートルである。小さいの巨大ロボ並の迫力がある。
五メートル大の巨大な具象化結晶の塊が正面から突っ込んでくれば堅固なシールドでも破壊されるのは無理のない話だ。しかしシールドも最後の意地くらいは見せてくれたらしく、<大蜂>はシールドの一部を破壊した所で亀裂に挟まった。じたばたと暴れる<大蜂>を見てローシェが声を上げる。

「あいつ、挟まったのか!?」
「そのようだな」

シエルが冷静に応える。そして顎に手をやって続けた。

「ふむ、攻撃するなら絶好のチャンスだな。奴はすぐにでも邪魔なシールドを破壊して中に侵入するぞ。そうなったらもう駄目だ。打つ手が無い。<魔銃>も効くまい」
「遠距離攻撃のスキルなら僕とペニーだが、威力が無いからトドメは刺す前に奴は抜け出してしまうな・・・・・・」

そこで二人はうーん、といって黙りこんでしまった。ジョンは思わず、

「え、終わり?」

と聞いてしまった。するとローシェが怒ったように答える。

「あの蜂を攻撃するなら砲撃台からです。ですが、<魔銃>はルーク級を殺すには役不足です。だからスキルでの攻撃を考えなければいけないのですが、遠距離攻撃のスキルでもかなりの時間がかかります。つまり我々には打つ手が・・・・・・」
「ある!!俺なら奴を殺せる!!」

ジョンはローシェの言葉を遮って声高に叫んだ。

「何を言っているんですか、ジョン?遠距離攻撃のスキルも持たないあなたが奴を殺せるわけ・・・・・・」
「できる!」
「どうして・・・・・・」
「俺は勇者だからな!」

そう言ってジョンはにひひ、と笑った。

「信じてくれ、ローシェ。俺は勇者だ。みんなを守るくらいのことはできる」

ローシェは自称勇者の顔を穴の開くほど見つめていたが、不意にため息を吐いた。

「・・・・・・わかりました。あなたを信じましょう。砲撃台へ行ってください」
「ああ、任せとけ!」


***


ジョンは砲撃台への梯子に手をかけながらシャープたちに、

「行ってくるぜ!」

と言った。するとシャープはグッと親指を突き出して、

「うむ、行くがよい!」

と言った。信頼されてるなあ、とジョンは少し嬉しくなった。
アーニャとペニーがぎゃーぎゃーと騒ぐ中、ジョンは砲撃台に上った。

周囲は全て透明なシールドに囲まれている。シールドを透かして青い空と海が見えた。魔物さえいなければ絶景なんだけどな、とジョンが心の中でつぶやく。
魔物、ルーク級の<大蜂>はまだシールドに挟まったまま身動きがとれないでいた。だが、亀裂が広がっているので抜け出してまうのも時間の問題だろう。

「化け物め、年貢の納め時だぜ!」

ジョンはそう言って右手を突き出した。

「召喚・紫電槍!」

宣言に呼応するようにジョンの右手に一本の槍が現れた。長さは約百九十センチ。スペルの書かれた擬木製の柄、先端には鋭い両刃を持ち、刃の根本には動物の毛のようなもさもさした塊がついていた。

召喚とかこの槍の詳しい話はまたいずれ。

ともかく。
ジョンは槍を構え、そのままの体勢でスペルを起動させた。槍の柄のスペル文字がぼんやりと鈍い光を放つ。
スペルを起動させるとジョンは槍を<大蜂>めがけて思いっきり投げた。

「突き破れッ、<紫電槍《ライトニングジャベリン》>!!!」

紫電槍はほぼ直線の軌道をとり、見事<大蜂>の顔面に突き刺さった。
突き刺さった槍は一度だけバチリと小さく鳴くと、船をも震わす咆哮を上げて<大蜂>の身体を食い破る雷と化した。
メキメキと轟音を上げて<大蜂>に絡みつく紫電の帯はさながら獲物を絞め上げる大蛇のようだった。

北の海の魔女 116 当千の槍

ぎりぎりセーフ。更新日(水曜)に間に合ったぜ……!!!




なんやかんやでレイケンを説得したシャイン(少年)とホルトゥンだったが、突如現れた黒ローブの魔法使いベリオの襲撃にあってしまった・・・・・・。


116  当千の槍


「くっそ~、折角順調に進んでたのに!全部台無しじゃないか!」

ヒゲ将軍の幕舎に向かって走りながらシャインはボヤいた。予想外の襲撃が腹立たしいのだ。

「まだ動かせる魔法使いが東の国にいたなんて・・・・・・!」

シャインは走った勢いのままで幕舎に入った。しかし、戻っていると期待していたグルップリーはいなかった。

「くそっ、戻ってない。まだ説得してるのか」

シャインがホルトゥンの応援を頼む内容の手紙をグルップリー宛に書いていると、一人の伝令兵が幕舎に駆け込んできた。

「将軍閣下!大変でありま、す・・・・・・」

伝令兵と少年は目があった。伝令兵は見知らぬ人間が将軍の幕舎にいることに対して警戒心を露わにした。

「・・・・・・な、何者だお前っ!?」
「私の名はシャイン。グルップリー指南役の補佐官をしています」

シャインは咄嗟に口から出任せを言った。

「そうですか・・・・・・。失礼ですがご身分を証明できるものは?」
「ありません。しかし、ここに指南役がいらっしゃれば私の身分を証明してくれるでしょう」
「・・・・・・疑って申し訳ありません。その言葉で十分です」
「構いません。それより何か連絡事項があったのでは?私から将軍閣下に伝えておきましょう」
「はっ、はい。東の国から大軍が攻めて来たのです!」
「なっ・・・・・・、はあぁ!?」

兵士の報告にシャインは目を丸くして驚いた。


***


東の国から更に東に進むと、『深緑の森』と呼ばれる広大な森が広がっている。うっそうとした森で、その周辺に住む人間は少ない。それは森に棲む大型の生物も原因ではあるのだが、主な理由は不気味な魔法使いが森に住んでいるからであった。
その魔法使いは、今まさにホルトゥンと対峙していた。




「・・・・・・やはり『盾』を持っているのか。<幻影《ファントム》>が効かない」
「東の国の大臣に貸していただいたんですよ。まあ、死ぬまで返すつもりは無いんですがね」
「ちぇっ、変わらないな。お前は」

降り注ぐ鉄球の雨を避けながらホルトゥンは叫んだ。
ベリオが扱う魔法は<浮遊《フライ》>と<鉄《フェルム》>である。<浮遊>は宙に浮く魔法、<鉄>は鉄を生み出す魔法。それらを組み合わせたハメ技がベリオの得意戦法だった。
すなわち、<浮遊>で敵の手の届かない空中を漂い、そこから<鉄>で生み出した鉄のかたまりを落としまくるのだ。

「まったく、性格の悪い戦法だよ!」
「幻術ハメ戦法メインの先輩に言われたくありませんね!」

言い返しながらベリオはポイポイと鉄塊をまき散らしていく。それをホルトゥンがすんでのところで回避していく。

「無駄だ。お前の<鉄>は単調すぎる。避けるのは難しくない」
「じゃあ、体力的に避けるのが難しくなるまでつきあってもらうまでです」
「性格悪いぞ!」
「問答無用です。先輩は今ここで死んで下さい」

ホルトゥンはげんなりした顔で降り注ぐ鉄球の雨の中を走り抜けた。


***


「東の国が攻めてきた・・・・・・!?」

衝撃のあまりシャインは伝令兵の言葉を復唱した。

「ええ。私はそのことを将軍閣下にお伝えしに来たのです」
「わかりました。閣下は今第九区画にいらっしゃいますよ。それと、グルップリー指南役にも会うことができたら第七区画へ行くように言っておいてください」
「・・・・・・わかりました」

そう言って伝令兵は踵を返し、幕舎を出ていった。

(第七区画にいきなり現れた魔法使いは東の国に雇われた、と言っていたな。東の国はおそらく内と外からの二重攻撃でこちらを翻弄するつもりなのだろう。それだけあの魔法使いが強いということだ。ホルトゥンとグルップリーがここにいることは知られている。その上で奴を差し向けてきたのだから。だとすれば、グルップリーを行かせるのは正解・・・・・・なのか?)

シャインは幕舎の中をぐるぐると歩き回りながら思案していた。東の国の攻撃に対してどのように対応するべきなのかを。
そうしてシャインが幕舎の中をぐるぐる回っていると、新しい客が二人入ってきた。今度の客は鎧を着込んだ厳めしい格好をしていた。

「動くな。伝令の者にお前のことを聞いた。怪しい子供がいるとな。悪いが来てもらおうか」
「・・・・・・しくじったか」

シャインはごついおっさん二人に両脇をがっちりと抱えられて連行されていった。


***


「大変だ!第七で戦闘が起きているみたいだぞ!」
「魔法使い同士でやりあっているらしい!」
「へ、兵士長!兵士長ーっ!」
「兵士長め、バックレやがったなチクショウ!」

ばたばたと兵士達が走り抜けていく足音をレイケン将軍は槍を磨きながら黙って聞いていた。しかしやがて立ち上がって幕舎から、ぬっと顔を出した。

「レイケン将軍、幕舎から出てはなりません。お戻り下さい」
「・・・・・・なにやら外が騒がしいようだが?」
「どうやら陣中に敵が現れたようで」
「てこずっているのか」
「そのようで」

ふむ、と言ってレイケンはにやりと笑った。
その笑みをいぶかしんだ見張り役の二人は次の瞬間、レイケンの槍の殴打で気を失ってしまった。

「鍛え方が足りんな」

レイケンは鼻で笑うと槍を右手に持ったまま外に出た。外では第七地区の襲撃による騒ぎで兵士たちが右往左往していた。魔法使いの襲撃と聞いて兵士長がバックレてしまったのだ。混乱をまとめる者はいなかった。
そんな兵士たちの波をレイケンはがしがしと突き進んでいった。レイケンは東の国の軍服(鎧は着ていない)であり、ただでさえ目立つ上にレイケンは大柄であった。兵士たちの中で頭一つ突き出した彼の姿は看板のように目立っていた。

「き、貴様っ、東の国の者か!?」
「なぜここにいる!?」
「間者か!?」
「取り押さえろ!!」
「やかましいぞ、貴様らっ!」

レイケンが槍を一振りする。兵士たちは紙切れのように吹っ飛んでいった。

「ふん!お前らごときがこの俺を止められるものか!安心しろ、俺は敵ではない。お前たちが手をこまねいているという魔法使いを代わりに倒してやろうじゃないか。俺は今、『魔法使い』という奴に一泡吹かせたくてたまらんのだ!」

そう言ってレイケンはにやりと笑って柄尻をガン!と地面に叩きつけた。


北の海の魔女 115 招かれざる客

丸一ヶ月くらいトンズラしててすみませんでした。色々あって(主に暑くては)やられていたので何もできなくなっていました。
今後は週一更新できるはずです。


前回のあらすじ
レイケン将軍を説得するために彼を捕縛していた幕舎にやってきたシャイン(少年)とホルトゥンは、拘束を解いたレイケンによって逆に追いつめられてしまう。シャインを今にも殺そうとしたレイケンに対してホルトゥンは殺意を向けた・・・・・・。


115  招かれざる客


ホルトゥンはシャインに春の野原の<幻影《ファントム》>を見せた。自身が殺意を抱いている姿を見せたくなかったためだ。シャインを外野に押しやるとホルトゥンは低い声で質問した。

「・・・・・・レイケン、お前がどうしてまだ生きているのかわかるか?」

その唐突な問いにレイケンは困惑しながらも答えた。

「知らん。貴様の連れの魔法使いが何か妙な術でも使ったのだろう。貴様は<幻影《ファントム》>しか使えんという話だからな」

連れの魔法使いというのはグルップリーのことだ。

「はずれだ」

そう言ってホルトゥンは指を鳴らした。

「・・・・・・っ!」
「動けまい。お前に魔法薬を与えて命を救ったのは私だ。つまりお前は私に『借り』がある」
「魔法か・・・・・・?」
「そうだ。古い禁魔術<返済《ペイバック》>だ。借りを強制的に返済させる」

ホルトゥンはレイケンを指さし、『命令』した。

「『私が貸したものは汝の命。その借りを今・・・・・・』」
「ホルトゥン!!」

大声を出してホルトゥンの『命令』を遮ったのは<幻影>をかけられていたはずのシャインだった。

「ホルトゥン・・・・・・!見損なったぞ。お前はそこまで非道な奴だったのかっ!」

ホルトゥンが未だ殺意の抜けきっていない冷えた眼をシャインに向けた。

「・・・・・・<幻影>から抜け出すとはな。さすが、といったところか」
「何の話だっ!」
「・・・・・・私が今レイケンに使用している魔法は<返済《ペイバック》>という。借りのある者をあらゆる命令に従わせる魔法だ」
「魔法の説明なんて不要だ。なぜレイケンを殺そうとした!」
「レイケンはいくつ『盾』の欠片を隠し持っているかわからない。生かしておけばまた同じ目に遭うかもかもしれない。次は殺されるぞ」
「だからなんだ!殺していいとでも言うのか!?」
「自分が殺されてもいいのか?」
「構わない。そんなことで人を殺すくらいなら自分が死ぬ」
「・・・・・・」
「ホルトゥン、<返済>を解いてくれないか?」
「レイケンへの『借り』は一つしか作っていない。今解けば・・・・・・もう私には助けられないんだぞ」
「いいよ」
「・・・・・・そうか」

ホルトゥンはいつの間にか殺意の消えた目に戻っていた。

「『汝の借りは免除する』。・・・・・・もう動けるぞ」
「・・・・・・」

シャインはまだレイケンの腕に拘束され、ナイフを突きつけられたままだった。レイケンは身動きが取れなかったのでシャインはその気になればそこから抜け出すこともできたはずだった。
レイケンはシャインのつむじをジッと見つめた。

「・・・・・・どうして・・・・・・逃げなかった?」

レイケンはしばしの沈黙の後、そう少年に問いかけた。

「忘れてたから」

少年はあっけらかんとそう答えたのだった。


***


少年はほくほく顔でホルトゥンは仏頂面という、いつもとは逆の表情で二人は幕舎に戻っていた。

「無事にレイケンを説得できてよかった」
「・・・・・・ムチャしすぎだよ」

ざくざくと芝生をふみしめながら歩いていく。少年は周りの兵士たちの視線を感じながらも平然と歩いていた。『西の国の』文官の服を着たホルトゥンと一緒であればとがめられることはないのだ。ちなみにホルトゥンの服は<幻影>による錯覚だ。

「ホルトゥン、よく考えたらレイケンを殺すと計画に差し支えるじゃないか。全部水の泡になるところだよ?」
「悪かったね。つい、ね」
「まあ、僕を守るためだったんでしょ。お礼は言っておくよ、ありがとう」
「どういたしまして」
「ところでさぁ」

ふと少年は足を止めた。これが本当に聞きたかったことなのだろう。ホルトゥンも足を止めた。質問の内容も予想はついていた。

「・・・・・・さっき<幻影>から抜け出せたんだけどさ。あれってどういう・・・・・・」
「それは・・・・・・」

ホルトゥンが少年の質問に対する答えに詰まっていると、二人の頭上から低い声がした。

「クックック・・・・・・、裏切り者とはあなたのことでしたか、宮廷魔法使い殿」
「「!?」」

シャインとホルトゥンが見上げると、そこには黒いローブを着た男が浮かんでいた。地上十メートルほどの高さでふわふわと風船のように揺れながら男は陰気な声で笑った。

「お久しぶりです。今の名前はホルトゥン、とか言いましたか?」
「ベリオか。雇い主は・・・・・・東の国だな?」
「あなたの目は誤魔化せませんねえ。できれば相手などしたくないのですが・・・・・・、まあ金を積まれれば、ねえ?」
「君は相変わらずだな。灸でも据えてやろう」
「お手やらかにお願いしますよ、先輩」

ホルトゥンはベリオという黒ローブから視線を離さずに囁いた。

「シャイン、グルップリーをここに連れてきてくれないか」
「オッケー。でも質問には後でキッチリ答えてくれよ」
「わかった」

シャインはホルトゥンの言葉に従って幕舎に向かって走り出した。

ドレタキ! 2-7 新人教育

予告通り「ドレタキ!」を更新します。エリーちゃんは今回で無事にブローチを取り戻せるのでしょうか!?
実はきまぐれで描いたジョン(詰みゲー!の主人公)の絵が気に入ったのでPC版の右上の方に載せときました。良ければ一目見てへったくそな絵だとあざ笑って下さい。
以上、天野孔雀でした。



前回のあらすじ
新人メイドのエリーが落としたブローチを求めて落とし物管理室にやってきた執事、ベロニカ、エリー。しかし、ブローチは「クリスン」なる人物に返却された後だった。
さて、ブローチは無事にエリーの元に返るのか?




2-7  新人教育


「クリスさん!落とし物管理部です!ここを開けて下さい!」

フィローネさんはクリスのメイド控え室にやってくるなり部屋のドアを乱暴にノックした。さっきまで穏やかだった彼女の豹変っぷりから彼女とクリスには浅からぬ因縁があるようだ。

「クリスったら、またやったのかしら・・・・・・」

ふと、つぶやいたのはメイドB、ベロニカだった。

「誰が・・・・・・!まあいいわ。それどころじゃないし」
「なにブツブツ言ってるんだ、メイドB?」
「殺すぞお前。……クリスがまた落とし物をだまし取ったってことよ」
「だまし取る・・・・・・ですか?」
「そーよ」

エリーの問いにベロニカがため息混じりに応えたとき、クリスの部屋のドアが開いた。

「あら、またあなたですか・・・・・・。どうぞ、いらっしゃい」

クリスは完璧な笑顔でフィローネ以下四名を出迎えた。


***


いきなり押し掛けた四人に対してクリスはとても丁寧に応対した。四人をテーブルに座らせ、沸かしたての紅茶を淹れてくれたのだ。執事はとても幸せな気分になった。
しかし、フィローネさんは紅茶を飲む前に口を開いた。

「さきほど落とし物管理部に『クリスン』さんという方がいらっしゃいました」
「あら、そうなの?」

クリスが席につき、優雅に紅茶をすすりながら応える。

「そして私はその方に『E』というイニシャルの入った百合の花のブローチを返却しました」
「さぞかしお高い・・・・・・、いえ良いブローチだったのでしょうね」
「・・・・・・さあ、クリスンもといクリスさん!ブローチを返していただきましょう!」

いきなり立ち上がりクリスを指さすフィローネだったが、

「・・・・・・は?」

完全にのれんに腕押しだった。

「あなたはいつもここにいらっしゃっては同じようなことをおっしゃいますが、その度に私がいつも申し上げている
ことを覚えておいでで?」
「いえ、全く!」
「『確固たる証拠を持ってきて下さいといつも申し上げております』と言っています。・・・・・・証拠はお持ちで?」
「しょ、証拠ですか? 証拠、証拠・・・・・・」

クリスの言葉でフィローネさんは明らかに動揺している。そんなフィローネさんを見て執事とメイドB、エリーはひそひそと話し始めた。

「いきあたりばったりで来たんだな」
「それだけ必死なのよ。それにクリスって強敵だし」
「そうなんですか?」
「そうよ。犯人なのにあれだけ堂々としているでしょ。風格の段階で勝てないわ」
「いや、風格は関係ないだろ・・・・・・」

・・・・・・と三人の雑談中に周りをキョロキョロして証拠を探していたフィローネさんはついに何かを見つけだした。

「そ、それ!そのカツラ!それは『クリスン』さんの髪型にそっくりです!」

ベッドの上に無造作に置かれたカツラを指さして勝ち誇ったようにドヤ顔を見せるフィローネに対しクリスは、

「こじつけにもほどがあるわ・・・・・・」

とげんなりした表情を見せていた。そしておもむろに立ち上がるとそのカツラをかぶってみせた。

「あ・・・・・・」

間抜けな声を上げたのはフィローネだった。

「どう? 『クリスン』とやらに似ているの?」

うっすらと笑みを浮かべるクリス。彼女がかぶっているのは黒の長髪のカツラだった。

「いえ、彼女は短髪でした・・・・・・」
「そう。ならこれは証拠でもなんでもないわね」

クリスはカツラを脱ぎ、ポンとベッドに投げ置いた。

「そろそろ仕事の時間なの。出ていっていただけるかしら?」
「クリス、あなた・・・・・・!」

戦意喪失してしまったフィローネさんの代わりにベロニカがクリスの前に立ちふさがった。

「あら、どうしたの?」
「あのブローチはこの子の大切な物なの。しらばっくれてないで、早く・・・・・・」
「そうそう。ブローチねえ。思い出したわ」

ベロニカの言葉をさえぎってクリスが言う。

「さっき、黒髪短髪の女が、どうやって城内に侵入したのかわからないけど、屈強な数人のガラの悪そうな男たちに、何かしらの品物がどっさりと入った袋を渡していたわ。私のカンではブローチはその中ね」
「・・・・・・!」
「ちなみに男たちはとっくに城を出ていったわ。今頃は馬車で近くの町に向かってるわね。あくまで私のカンだけど」
「・・・・・・っ!行くわよ!ボケナス!エリー!」
「ちょっと待て、ボケナスってのは僕のことか!?」
「待ってください~」
「証拠、証拠・・・・・・!くやしい~!」

ベロニカは執事をひきずり、その後をエリーが追う。さらにその後でフィローネはぐすぐすと泣きながら部屋を出ていった。そして最後にクリスはこう言って紅茶をすすった。

「新人さんだからね・・・・・・。甘めな指導はこれが最後よ?」

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