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女神テミスの天秤 11-12

†††11-12

「言えないって・・・・・・」
「・・・・・・悪いけど言えないものは言えない」
渡は頑なな声で続ける。
「昨日事情を聞くこともなく泊めてくれたことには感謝してる。・・・・・・伝わりにくいかもしれないけど、ものすごく感謝してるんだぜ?・・・・・・それでも、これだけは言えない」
「・・・・・・いいさ、わかった。さっきの質問は忘れてくれ」
クチナシはまたため息をついた。

クチナシがそこで更に踏み入ってこなかったのは、渡を慮ってのことか、それとも、せっかくできた友人を逃がさないためか。
どちらなのだろう、という問いがほとんど無意識の内に渡の心の底に、白くだまになった醜いねとねとしたものみたいな形質で沈殿した。

「さっさと俺の家に帰って昨日のゲームの続きでもしようぜ」
「え・・・・・・?またアレやるのか?」
「なんだ?イヤか?」
「いや、でもお前強すぎるんだよなあ・・・・・・」
渡はボソボソとぼやきつつもクチナシと共に夜道を街灯の明かりに照らされながら歩いていった。

†††
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女神テミスの天秤 11-11

†††11-11

「・・・・・・お前、今日はどうするんだ?」
「・・・・・・」
バイトが終わって、アパートへと帰る道すがら、クチナシは渡に質問した。もうすでに辺りは暗くなって電灯が点いている。
問いかけに対して無言のままの渡にクチナシはため息をついた。
「いいよ、今日もウチに泊まれよ」
「・・・・・・すまないな」
クチナシはアパートへ向かって歩きながら黙々と何かを考えている渡の横顔をちらりと見た。
「なあ、お前と、ええと・・・・・・」
「関か?」
「そう、関。お前と関って、付き合ってるのか?」
「・・・・・・付き合ってる、ワケじゃない」
「え?」
渡の言葉にクチナシは驚いたような声を出した。
「じゃあ、お前ら一体どういう・・・・・・」
「言えない」
渡はクチナシの質問を途中で遮った。

†††

女神テミスの天秤 11-10

†††11-10

「え?ちょ、ちょっと待って。整理する時間をちょうだい」
「いいわよ。別に急いでないもの」
終始慌ててばかりの静に対して、桜はずっと落ち着いている。
「えーと、まず、あたしのどこが辛そうだったの?」
「さあ、そこまではわからないわ。でも私の推測では、男っぽい、って言われるのがイヤなんだと思ってたわ」
静かは息を飲んだ。当たっている。
「この十日ほどっていうのは・・・・・・?」
「なんとなく感情の起伏が激しくなったような気がしてたの。てっきりサークルを辞めようとしてるんだと思ったから先輩に励ますよう頼んだのよ」
この十日ほど感情の起伏が激しかったのか、と静かは唇を噛んだ。脳裏には憎たらしい顔が浮かんでいる。
「辞めようなんて思ってないわ。でもどうして止めようと思ったの?・・・・・・私たち、特に仲がいいわけでもないでしょう?」
そんな静の問いに桜は肩をすくめた。
「さあ・・・・・・、なんとなくあなたに辞められるのがイヤだったのよ」
「え・・・・・・、それって?」
そこで桜はちらりと腕時計を見、小さく舌打ちをした。
「ごめんなさい。もう時間だわ。行かなくちゃ」
「え?ああ、そうなの?」
静は既に歩き始めていた桜に聞き返すことしかできなかった。

そのまま更に数歩歩いた所で桜は立ち止まり、回れ右。静を正面に見た。
「できれば・・・・・・。いえ、何でもないわ」
桜は再び踵を返し、すたすたと歩き去ってしまった。
静はただ棒立ちになって、彼女のぴんとした背筋が小さくなっていくのを見ているしかなかった。

†††

女神テミスの天秤 11-9

†††11-9

「ねえ、桜さん」
稽古後、静は桜の元へ行った。更衣室ではない。他の女子に話を聞かれるのはなんとんくイヤだったからだ。
「なに?関さん?」
稽古中は外していたメガネにきれいな光を反射させつつ、桜は振り向いた。
「あ、あの、先輩から聞いたんだけど・・・・・・」
「うん?」
メガネの奥の桜のしずかな視線に静はどうにも落ち着かない気分になった。
落ち着かない静と対照的に、桜はじっと静の次の言葉を待ってくれていた。
「あなたが私のこと、最近元気がない、って言ったんだって・・・・・・?」
「そうよ。そう言ったわ」
桜は小さな声で答えた。
彼女の清らかな声は続く。
「あなたはずっと辛そうだったわ。去年からずっと。それがこの十日ほどちょっと変わったから、先輩に励ますよう頼んだのよ」

†††

女神テミスの天秤 11-8

†††11-8

「そう、さっちゃん。あいつがさっき来たんだよ」
静は正直かなり驚いていた。さっちゃん、桜美奈子(さくらみなこ)とはあまり話すような仲でもなかったからだ。
静はサークルのメンバーのほとんどとは、まあ、話すことはある。好き嫌いは別として、だが。
しかし、彼女、桜とはあまり絡みがなかった。
というか彼女が他のメンバーと話している場面もあまり見たことがない。
静自身どうしてこのサークルに所属しているのか、と疑問に思っているような存在であった。

†††

女神テミスの天秤 11-7

†††11-7

「お、来た来た」
「あ、久しぶりですね、先輩」
静が空手着を着て道場へ行くといつものメンバーの他にすでに引退した先輩がいた。
技にキレがあり、人当たりもよい。静が尊敬する先輩の一人だ。
「どーしたよ、最近元気無いそうじゃないか?」
「誰に聞いたんですか?」
静が眉をつりあげる。
「あいつ」
先輩は離れたところで他のメンバーとの談笑にも加わらずに黙々と準備体操をしている女子を指さした。
「桜さん?」
「そう、さっちゃん」
先輩は以外でしょ、と言いたそうに、にやっと笑っていた。

†††

女神テミスの天秤 11-6

†††11-6

「お早うございます」
クチナシが大きな声で挨拶しながら「みつばち屋」へ入る。それに続いて渡もどこかおどおどと入っていった。
「お、時瀬じゃねえか!」
入るなり大柄な男に自分の名前を大声で呼ばれて渡はどきっとした。
驚きのあまり声を詰まらせてしまった渡の代わりにクチナシが前に進み出た。
「社長、聞いて下さい。こいつバイトをサボったんじゃないみたいなんです」
「何ィ?どういうことだよ」
そこで渡はおずおずと社長の前に出た。
「すみません。記憶・・・・・・失くしちゃいました」

†††

女神テミスの天秤 11-4,11-5

†††11-4

静は大学への支度を終え、玄関のドアを開け、鍵をかけた。
持ち物は鞄一つ。薄く化粧をし、自慢の黒の長髪もきちんと整えてある。
ふわふわと長髪をなびかせて静がアパートを出ようとしたとき、背後でがちゃり、と音がした。
ふと振り返ってみると、男が二人、部屋から出てきた。
その一人は渡だった。

†††11-5

「・・・・・・」
「・・・・・・」
渡と静は一言も話さなかった。
静は、渡の隣で気まずそうにしているクチナシに一瞥すると、そのまま踵を返してアパートの階段を下りていった。
古い錆びた鉄の階段が耳障りな音を立てている間、渡は微動だにしなかった。

「・・・・・・行こうか」
しばらくして渡は呆然と立ち尽くしていたクチナシに声をかけた。
「・・・・・・ああ。社長が待ってる」
クチナシは渡の肩をぽんぽんと二回たたいた。

†††

女神テミスの天秤 11-1,11-2

†††11-1

静の部屋から飛び出した俺の目の前には一人の男が立っていた。
「・・・・・・?」
おそらくは同じアパートの住民が自分の部屋に帰ろうとしていたらその途中で俺が部屋から飛び出してきた。
そして思わず俺と目を合わせてしまった・・・・・・そんなところか。

「お前・・・・・・時瀬、か?」
どうやらそれだけじゃなかったようだ。

†††11-2

俺を知っていた男の部屋に入った。
散らかっている、というのが最初の感想。
次に臭いが気になり、最後にテーブルに散らばった紙と鉛筆が目に留まった。

「覚えてないか?クチナシだよ」
クチナシ、と名乗った男が自分を指さしそう言った。ベッドに腰掛けて床に座った俺に問いかける。
「ああ・・・・・・」
俺は曖昧な返事をしながら、記憶をなくす前の俺が書いた手紙のことを思い出していた。確か俺にはクチナシとかいう友人がいるんだったか。
こいつのことなのだろう。
「すまない。俺最近のこと全部忘れちまったんだ」
ちょっと迷ったが俺は記憶喪失のことを打ち明けることにした。
「忘れたって・・・・・・記憶喪失ってことか?」
「そういうことだな」
「・・・・・・なるほどな。今日バイトがあったてのも覚えてないか?」
「バイト?何のことだ?」
「・・・・・・バイトをしてたことも覚えてないのか?」
「記憶にないな」
ふあー、っと息を吐き出すとクチナシはベッドに倒れ込んだ。
「なあ、お前、さっきの家に住んでるのか?」
渡はややヤケになっていたこともあって正直に答えた。
「わからない。今まで住んでたんだろうとは思う。でもあそこに住んでるやつのことも全部忘れちまった」
「それでケンカに・・・・・・?」
クチナシがそっと、触れていい部分を探るように、尋ねる。

渡は無言でうなずいた。

そんな渡を見てクチナシが景気をよくするためか、いささか大きすぎる声で宣言する。
「なるほどな・・・・・・。まあ、なんなら俺のところに好きなだけいていいよ」
「ありがとう。・・・・・・恩に着る」
クチナシの見た目のごつさに反した柔らかな対応を渡は素直に嬉しく思った。

「よろしく、お願いします」
渡はおずおずとクチナシに手を差し出した。
「こちらこそよろしく」
その不安定な手をクチナシはがっちりと握りしめた。

†††

女神テミスの天秤 10.0

†††

「はあ?」
静は目の前の男に向かって思いっきりバカにしたような声を出した。
これが十日間一緒に暮らしてきた男に「お前誰だ?」と言われた際の静の返事だった。
「何言ってんの、あんた」
「いや、だから、俺は・・・・・・」
静の迫力に負けて渡は不安そうに言いよどむ。
「何よ。俺は記憶喪失だ、とでも言うわけ?」
そう言って静は鼻で笑った。渡はそんな静の態度にむっとして食ってかかった。
「そうだよ。記憶喪失だ。一年前から記憶がすっぽりと抜けてやがる。あんたはそれがそんなにおかしいのか」
それを聞いて静はじーっと渡の目を下からのぞき込んだ。
「マジなの?」
「マジだよ」
「証拠は?」
「記憶喪失になった証拠って何だよ」
「それもそうね」
静はのぞき込むのをやめて少し下がった。
「でもまだ信じられないわ」
すると渡は手に持っていた紙を静に差し出した。
「何よ、それ?」
「『俺』が書いた手紙。多分だけど」
静は怪訝な顔をしてその紙を渡から受け取った。
静はその手紙にしばらく目を通していたが、
「何よ、これは。こんな汚い字読めないわよ」
と吐き捨てて紙を放り投げた。
「汚すぎるでしょ、何よこの字は!」
渡は放り投げられた紙を拾った。
「そうだよなあ・・・・・・。やっぱり読めないか」
「わかってて書いたの?」
「いや・・・・・・」
渡は拾い上げた紙の文面に目をやりながら、つぶやく。
「俺は書いた記憶がない。字から判断して多分記憶をなくす前の俺が書いたんだとはわかるだが・・・・・・」
「自分で書いたんでしょ、読めないの?」
「・・・・・・読みづらい」
渡は手紙をひらひらさせて言う。
「・・・・・・読めるの?」
「まあ、時間をかければ」
「かけて」
静が腹立たしげに言う。
「あんたにしかその手紙は読めないのよ。だったらあんたが読むしか無いでしょうが。読めば記憶が戻るかもしれないじゃない」
渡は静の顔をじろりと見た。まるで考えでも見透かすように。静はその視線にひどい嫌悪感を覚えた。
「・・・・・・。わかった。読めばいいんだろう。・・・・・・多分無駄だけどな」
この言葉は正しかった。

†††

「読めたぞ」
インスタントの麺を二人で会話もなくすすった後、静がテレビを見ていると渡が疲れた声で報告した。
ほら、とパソコンの画面を指さす。手紙の文面を解読してはパソコンに打ち込んでいたのだ。
どれどれ、と静がのぞき込む。内容は次の通りだった。

『すまない。帰ってみれば俺の記憶が無くなっているものだからさぞ驚いたことだろう。昨日君が僕を友達だと言ってくれたのは本当にうれしかった。でも僕はこのままだと本当の意味で君と友達になることはできない。***(判読不能)なんだ。意味がわからないだろうけれど、わかってほしい。***友達にはなれない。繰り返して言うけれども無理なんだ。だから僕は僕自身の記憶を一年ほど消すことにした。これで問題は解決するんだ。僕、記憶を消された僕ならちゃんと君の友達になれる。***がある。彼ならきっと僕よりもずっといい友達になるだろう。
記憶をなくした後の僕は本当に状況がわかっていないので色々と迷惑をかけるだろうが、どうか辛抱してほしい。
十日ほどしか一緒にいなかったけれどとても楽しかった。ありがとう。

・・・・・・それから俺へ。君にもすまないと思っている。こんなことをするなんてわがままにもほどがある。何もわからない君をいきなり放り出してしまったことはどれだけ***してもしきれないだろう。
少しでも君の助けになることを期待して今からいくつか説明する。
①この世界は君が暮らしていた三百年前の世界だ。
②そして君は関静という女性の家に居候している。
③彼女の家には一月に一度だけ彼女の要望で魔法を使う、家事全般を手伝い、彼女の恋を助けることを条件に住まわせてもらっている。
④この家周辺のラフルール値を五六〇未満に保ってほしい。低い分にはかまわない。とにかく越えないよう気をつけてくれ。機材はソファ脇の箱の中にあるAと書かれた測定機を使ってくれ。知らないとは思うがラフルール値は魔法によって生じる歪みみたいなものを表すパラメータだ。この調節のためこの家から出て行ってはいけない。魔法を使えば上がるので気をつけること。家から離れても同じことなので注意せよ。
⑤このアパートにはクチナシという男が住んでいる。一度しか会ったことはないが彼とは友人だ。もちろん、君の正体は知らない。
⑥君の記憶に関してだが、元の世界での九月三〇日から六月二日、この世界に来てから昨日までの記憶を全て消去してある。なお、記憶は来年の五月一五日になれば自動的に修復される。
この手紙は関に読んでも構わないが言っていないこともあるので、できれば言わないで欲しい。健闘を祈る』

「何よ・・・・・・これ」
「俺の手紙だよ」
「わかってるわよ!そんなこと!」
静はやる気なく返事した渡に怒鳴った。
「あんた、あんたが自分で記憶を消したってことなの・・・・・・?」
「そうだろうな」
静は渡のその口調が気に障ったらしく渡の胸ぐらをつかんだ。
「あんたはっ!どうしてそうヘラヘラしてられるのよ!自分のことでしょ!何とかしなさいよ!」
そこまで言って静はへたりこんだ。
「そんな・・・・・・。せっかく・・・・・・」
「さっき言ったよな、無駄だって。記憶は消えちまったんだよ、もうあきらめろ」
静の気持ちを一切斟酌しないその言葉に静は伏せていた顔をキッと上げた。
「なによ、あんたなんかッ!あんたなんかッ!」
そう言って渡を突き飛ばす。
突き飛ばされた渡も負けじと怒鳴る。
「仕方ねえだろうが!記憶を失くす前の俺はもういない。俺が自分の手で記憶を消したんだからな!」
「わかってるわよ、そんなこと!あんたは記憶をとっとと取り戻せばいいのよ!」
その言葉に渡は自分の存在を否定された気がした。
「ああ?だったら今の俺はなんなんだよ!」
「あんたは前のあんたの代役に過ぎないのよ!」

言い過ぎた、と静は思った。
渡はその言葉に硬直し、目を丸くして静を見つめている。静も何も言えなかった。どう何を言えばいいのかわからなかった。ただ、謝ることは絶対にできなかった。
やがて渡は無言でするりと居間のドアを抜け、そのまま玄関から出ていってしまった。
部屋には静一人が残った。

†††