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北の海の魔女 109

††109


レイケン将軍は『盾』を背中に背負い、槍を構えると馬を走らせてホルトゥンに突撃した。
ホルトゥンがそのまま何もしなければ数秒後には彼は串刺しにされてしまうだろう。
『盾』は所持している者に効果をもたらす。だから、今のレイケンにホルトゥンの〈幻影〉は一切効かない。突撃してくるレイケンに〈幻影〉を見せても無意味なのだ。

レイケンの突撃を目の当たりにしたホルトゥンが他人事のように呟いた。

「こりゃあ、避けられないな」

レイケンの突進は速く、そして一分の隙も無かった。走ったり跳んで突撃を避けようとしても彼の槍からは逃れられまい。彼と彼の愛馬の人馬一体の突撃に仕留められないものは無いと言われているのだ。

「行くぞ、ホルトゥン!お前の心臓を我が愛槍で貫いてやる!」
「やってみな!〈幻影〉!」
「っ!」

ホルトゥンが〈幻影〉を発動させた瞬間、レイケンは突撃を中断した。正確には馬が走るのをやめた。
『盾』の所持者に〈幻影〉は効かない。しかし、所持者の乗る馬であれば〈幻影〉は効く。ホルトゥンはそれを利用して〈幻影〉で存在しない壁を馬に見せたのだ。

「小賢しい!馬を下りれば済む話だ!」

レイケンが馬を下り、槍をかかげ気合いを入れ直す。
それに合わせるように城門の兵たちが歓声を上げ、太鼓を鳴らす。
城門の上のやぐらにちらりと目をやったホルトゥンは左大臣の顔を見つけた。

(左大臣が見物か、珍しい。……ははあ、奴がレイケンを差し向けた張本人というわけか)

太鼓の音が鳴る。レイケンが雄叫びを上げ、自分の足で走って来た。歓声がより一層大きくなる。

(レイケンには歓声が聞こえているらしいな。……それを利用しよう)

ホルトゥンはレイケンから逃げるように走り出した。

「逃げても無駄だ、ホルトゥン!」
「逃げてるわけじゃない!〈幻影〉!」

ホルトゥンが〈幻影〉を発動させると同時に太鼓の音が止み、歓声が悲鳴に変わった。


†††

次回投稿はまた来週です。

北の海の魔女 108

†††108


武将はホルトゥンの目の前で馬を止めた。ホルトゥンもそれがわかっていたので何もせずにただ武将の目を正面から見据えた。グルップリーは二人から少し距離を取った。
「貴殿はホルトゥンだな」
「いかにも。あなたはレイケン将軍じゃないか。槍など持って来て・・・・・・。僕を殺しに来たのか?」
「い や、投降を薦めに来たまでだ。貴殿の席は空いている。陛下は貴殿の裏切りなど気にはしておられない」
「裏切り?人聞きが悪いな。僕が裏切ったなどと誰が言った?僕はただ敵将から伝言を伝えさせられているだけだ!」
「ならばなおさらだ。こちらへ来られよ。今なら貴殿の席が、」
「嘘をつくな、レイケン!僕の席などもう無いんじゃあないのか!?」
「そのようなことは・・・・・・、」
「ならばお前が持っている『盾』を捨てればどうだ!僕を中に入れるというのなら造作も無いことじゃないか!?」
「・・・・・・」
「ハッキリ言ってくれ、レイケン。あなたはここに何をしに来た?」
「・・・・・・私は貴殿を殺すために来た」
「それで騙し討ちにしようとしたのか?随分と 汚いマネをするじゃないか」
「・・・・・・」
「それで?君はいつになったら私を殺すんだ?」
レイケン将軍は無言で持っていた槍を構え直した。
それを見てホルトゥンが傍らのグルップリーに指示する。
「グルップリー、城門の側に立っていてくれ。そこが安全だ」
「死ぬなよ」
「君もね」
グルップリーはホルトゥンが不敵に笑みを浮かべるのを見た。
馬を下り、ホルトゥンがレイケン将軍を見上げる。
「さてと、同胞同士でやり合いますか!」
指を一本ずつ鳴らしながら、ホルトゥンはにやりと笑ってそう叫んだ。


†††

次回は4月22日に投稿します。それでは、また。

北の海の魔女 107

†††107
「それでその竜の鱗にはどんな作用があるんだ?」
「少なく ともありとあらゆる魔法を防ぐ効果があるみたいだ」
「ありとあらゆる魔法を・・・・・・?」
「そう。鱗を持っている人間は僕の幻術も効かないし、攻撃魔法も鱗で受け止めればかき消えてしまう」
「でたらめな性能だな」
「だろ?」
しかし、グルップリーはだが、と付け加える。
「数は多くない。多くても十二だろ?他は無防備だ」
「そう。だから門を開けさせるくらいは容易いよ」
「ほーお、そりゃあ頼もしい!ところで我々はこんなところでじっとしてていいのだろうか?」
「まだいいと思うよ。『盾』を使って攻撃してきたって・・・・・・」
ホルトゥンはそこで左の方に目をやり、あ、と言って口をぽかんと開けました。グルップリーが疑問に思ってその視線の先を追うと、馬に乗った武将が猛スピードで向かってきているのが見えた。
「い!?」
「見落としてた・・・・・・。単純に『盾』を持って殺しにくる場合。どうしようかな・・・・・・」
「どうするんだ?」
「まあ、相手の出方を見よう。ただの使いかもしれない」
「いきなり斬られたりして」
「・・・・・・大丈夫だよ、たぶん」

†††

次回更新は4月15日です。お楽しみに!

北の海の魔女 106

†††106
城門の前ではホルトゥンとグルップリーが馬に乗って待っていた。二人は門番の兵に気づかれないようにひそひそと相談を始めた。
「おい」
「なんだい?」
「返事が遅いぞ。バレたんじゃないのか?」
「そうだね・・・・・・。あの子もそろそろ気づくかもって言ってたからねぇ。僕が敵だっていうことに感づ いたのかもしれないね」
「バレていたらどうするんだ?」
「僕がいると知れば連中は決して門を開けないね。それから・・・・・・『盾』も使ってくるだろうね」
「『盾』?」
「『盾』っていうのは・・・・・・。そうだなあ。ヒマだから『盾』に関する昔話でもしようか?」
「そうだな・・・・・・。じゃあ頼む」
「・・・・・・昔すっごく才能のあった旅の魔法使いがいたんだよ。彼は通りがかりに東の国のある村に立ち寄ったんだ。でもどうにも村人は景気のいい顔じゃなかった」
「その理由は?」
「その村の近くに大きな山があるんだけど・・・・・・そこには昔から大きな竜が一匹棲んでいたんだ。まあ、村の守り神みたいな存在だった」
「竜?あの?」
「そう、竜。・・ ・・・・で、最近竜が暴れて村人は困り果てている、ということを知ったんだ」
「へー」
「それで旅の魔法使いは竜に会いに山へ向かうんだ」
「なぜ?村人に頼まれたのか?」
「確かに頼まれたけれど、多分ただの好奇心じゃないかな。そういう人なんだよ」
「ふーん」
「で、山頂で彼は竜に出くわした。侵入者を見た竜は今にも口から火を噴き出さんとしていた!」
「おお!」
「彼は持っていた杖を振りかざすと竜の炎を遮り、目くらましの光を放ち、問いかけた。『私はお前に会いに来ただけだ。お前はなぜ私を襲うのだ』」
「ふんふん」
「それに対して竜は何も答えなかった。ただ声のした方にまた炎を吐いただけだった」
「ひどいなぁ」
「村人から竜は 賢いと聞いていた魔法使いはこれはおかしい、と思った。賢いはずの竜が問いかけにも答えないはずがない。それで彼はピンときた」
「・・・・・・?」
「彼はもう一度杖を振りかざし、竜を縛り上げた。そして鞄の中から小瓶を取り出すと、その中身を縛った竜の口に流し込んだ」
「うわー」
「すると竜の口からねばついた黒い血の塊みたいなものが大量にあふれだした。竜はそのまましばらくの間、血を吐き出し続けた」
「えー・・・・・・」
「竜が血を吐き終えると、魔法使いは言った。『さあ、お前にかかっていた呪いは解いたぞ。これでもまだ私を襲うか?』」
「ふーん」
「竜は問いかけに答えた。『馬鹿なことを申されるな。貴殿のおかげで儂は己を取り戻す ことができた。誠に感謝している』」
「へー」
「竜は続けた。『呪いにかかっていたとはいえ、村の者には迷惑をかけた。儂はこの山を去る。ついては、儂の鱗を十二枚剥ぎ取ってくれんか。それを村の周囲に埋めてくれ。それで儂の加護を得られる』」
「鱗・・・・・・?」
「気づいたか?この竜の鱗が『盾』だ。この後、魔法使いは竜から鱗を剥ぎ取り、竜が飛び去っていくのを見届けた後、下山するんだ。それで、村人にことの次第を告げた」
「待ってくれ。鱗はどうなった?」
「山の上に置いてきた。とても十二枚は運べないからね。大きいし重いから」
「へー。で、それを聞いた村人の反応は?」
「芳しくなかった。全てを知った村人たちは竜が去ったこと を知って喜んだ」
「え?喜んだのか?」
「そう。彼らは竜を崇めてはいたがその有り難みをよく理解していなかった。むしろ、毎年の捧げものをする必要がなくなって喜んだ。そして、魔法使いが懇切丁寧に十二枚の鱗の使い方を教えたにも関わらず、彼が再び旅に出た後、鱗を全て売り払った。竜の鱗の珍しさに目がくらんだんだな。村は数年の後、戦でなくなった。魔法使いは旅先の露天で見かけた竜の鱗を見て事の顛末を知ったという・・・・・・」
「なるほどな。その竜の鱗が巡り巡って・・・・・・」
「ここにあるってワケだ」
グルップリーは目の前の城門を見て、はーっ、とため息をついた。


†††


次の更新は来週4月8日です!お楽しみに!

北の海の魔女 105

†††105

東の国の城内の議堂にて。大勢の臣下たちが長机を囲んでなにやら話し合っている。

「・・・・・・さっき捕虜軍から使者が来た。どうも和睦を求めているようだ」
「はぁ!?」
「一体どういうことだ?」
「わからん。もう何がなんだか・・・・・・」
「・・・・・・だがまあ、これに乗らない手はあるまい。城に籠もっている分にはともかく、隙を突かれれば破られかねん」
「臆しすぎでは?籠もっている分には問題ないのだろう?」
「いや、連中の中にホルトゥンと件の少年がいることを忘れてはいかん。二万の軍を無傷で手中におさめたことを考えれば・・・・・・」
「だが連中は西の軍に捕らえられたのではなかったのか?」
「いやいや、それは仮定に過ぎない。ありとあらゆる可能性を考えた方がいい」
「連中も与している可能性、か?」
「ところで、密偵は入り込めたのか?」
「はい。ですが一般兵は何も知らないらしく・・・・・・」
「情報は無いと?」
「はい」
「待て。一般兵は知らない、とはどういうことだ。自分たちがなぜ首都の目前で停止している理由も知らないと言うのか?」
「そのようです」
「それは・・・・・・」
「妙な話だな」
「ああ」
「妙だ」
「単純に西の国の将軍が兵を操っているのなら一般兵に進軍の理由を隠す必要は無い。今後、首都を攻めるのなら大っぴらに宣言し、士気の高揚に努めるべき。とすれば・・・・・・」
「あの二人が・・・・・・」
「黒幕だな」

そのとき、議堂の扉が開いた。一人の兵が伝令を伝えに来たのだ。

「申し上げます!ただいま、西門にて例の軍より使者が参り、入門の許可を請うております。いかがなさいますか?」
「・・・・・・決して通すな!よいか、何人たりとも決して通してはならん。誰がやって来て何を言おうとも私が責任を取る、通すな。・・・・・・城門の守備兵全員に伝えよ。我々に確認無く城門を開けた者は厳罰に処すとな」
「はっ」

伝令兵はその返答を聞き、西門へと戻っていった。

「なにゆえ通してやらないのですか?こちらにとって現状は憂慮すべき事態。打開策が見つかるやもしれぬというのに」
「たわけ。先ほどの話を聞いていなかったのか?ほぼ確実にホルトゥンは我々の敵だ。ヤツの侵入はなんとしても防がねばならん。『盾』があると言っても、数は多くない。城内の兵全員を『幻影』から防ぐには足らんのだ」
「例えばヤツが城内に入り込み、城門を守備する兵などがホルトゥンにはめられれば、一巻の終わりだ。城門は開き、外の二万の軍勢は一気呵成に攻め込んでくるだろう。つまりヤツに侵入されてはならんのだ」
「どうすれば侵入を防げると・・・・・・?」
「ヤツの魔法は所詮幻術に過ぎない。物理的な事柄はどうにもできないのだ。今のように『決して城門を開けるな』と伝令すれば、ヤツは城門で立ち往生するしかない」
「ふーむ、なるほど・・・・・・」
「いや!それでも不十分だ。閂番主と門番主の最低でも二人に『盾』を与えねばならん」
「なぜだ?」
「門番が『我々の許可を得た』と錯覚した場合、閂番が門番の命令で門を開けることが可能だ。逆に閂番が『門を開けろと命令された』と錯覚した場合も同じだ」
「なるほど・・・・・・。誰かおらぬか!」
「はっ。ここに」

守備兵の一人が部屋のドアを開ける。

「人を遣って今すぐ門番主と閂番主に『盾』を与えよ」
「了解しました」

守備兵は部屋から退出し、直後に別の誰かに命令する声が聞こえてきた。命令をまっとうしたようだ。

「さぁて、どうなることか・・・・・・」


*閂番主と門番主という役職を出しましたが、こんな役職が実際にあるのかは不明です。この世界にはあります(笑)。なお、読み方は想像にお任せします。
ちなみに閂番が門を実際に開ける人で門番は門の開閉の命令を下す人、です。


†††

北の海の魔女 104

†††104

ホルトゥンたちは捕虜軍が首都に着く前日に捕虜軍と合流した。

「将軍さん、出番だ。今から来る三人の中に将校が一人いるはずだから、その人を手厚くもてなしてくれ」
「・・・・・・了解、リーダー」

ヒゲ面の将軍は自らの半分の背丈ほどの少年に対して不服そうに返事をしてテントから出ると、高笑いをして向かってきていた三人を迎えた。

「ははははは!遠路はるばるご苦労であった!ホルトゥン!グルップリー!」
「「はっ!」」
「貴公はチョコ少将ではないか?貴公が陛下の命を賜ったのか?」
「いかにも」
「して、いかに?」
「和睦せよと」
「よし!」

ヒゲ将軍はやや大げさに手を叩いて見せた。だが、これはこれでごく自然な演技だった。元々こういう大げさな身振りが好きな人なのだろう。

「やはりな!陛下は大局を見ておられる!東が和睦をしたいと申し出てきたのなら乗るべきなのだ!」

もちろん東の国は和睦など申し出ていない。大ウソである。
しかし、これも少年がつくように指示していたことであった。
ちなみに和睦に乗るべき、というのは両国の確執を抜きにして、単純に利益のみを求めるのならば和睦は最前、と言う意味である。
西の国でも硬派軟派の意見が完全にまとまってはいるわけではないのだ。

「さあさあ、陛下の名代は体を休めなくては。あちらに客殿を設けた。旅の疲れを休めてくれ」
「感謝する。して、和睦はいつ結ぶ?」
「明日、午の刻に」 
「よし。では休ませてもらうとしよう」

ヒゲ将軍は部下を呼び、チョコ将軍を客殿へと案内させた。
そして彼の姿が見えなくなると悲しげに頭を振り、目の前のホルトゥンとグルップリーを睨みつけたが、しばらくして何も言わずに自らのテントへ戻っていった。

†††

北の海の魔女 103

†††103

『幻影』がかかっている中、グルップリーが『現実』で声をかける。
(早く城を出よう。ここにもそこそこの魔法使いはいるんだ。そいつらとハチ合わせしたらやばいぞ)
(大丈夫だ。僕の『幻影』はその気になれば通路一本分程度なら十分射程内だよ)

運よく三人は魔法使いと出会うことなく城から抜け出すことに成功した。もっともチョコ少将は何もわかってはいないが。


「チョコ少将、申し訳ありませんが少し宿に寄ります。荷物を取らねばならないので」
「かまわん」

もちろん荷物を取るというのは嘘である。本当はここまでグルップリーが担いできた大将をここで置いていくのが目的である。
そのためだけに二人は入城する前に宿をとっていた。

(さっさと済ませよう。城の連中が大将がいなくなったのに気づくのも時間の問題だ)
(ああ)

宿屋の主人にあいさつをし、預けていた鍵を受け取る。その鍵で部屋に入り、『幻影』の中でホルトゥンとグルップリーは置いてあった<荷物>を手に取った。『現実』では背負っていた大将を下ろし、縛っている縄、猿ぐつわを確認し、目立たないようにクローゼットの中に放り込んで戸を閉めた。

(これでこいつが見つかるのは当分先だな)
(後は私たちが逃げればいいだけだ)

「お待たせして申し訳ありませんでした、少将。・・・・・・参りましょう」

†††

北の海の魔女 102

†††102

ホルトゥンが『幻影』を再発動し、偽の<大将>を作る。
<大将>が外に向かって叫んだ。

<誰かいないか!>
すぐにやってきた警備兵に<大将>が命令を与える。

<将校を一人呼んでこい!>
「では、チョコ少将を呼んで参ります」
「うむ」

<大将>は満足げにうなずいた。



「お呼びですか、閣下」
ものの数分でチョコ少将が大将の部屋へやってきた。

<おぬし、これからこの者らに付いて行き、和平の使者となれ>
「は、・・・・・・。わ、へいの使者、でありますか」
<そうだ。陛下の密命が下った。この戦は中止じゃ>
「なるほど・・・・・・。了解であります!」
<よいな、おぬしは陛下の代理で行くのだ。冷静かつ的確に判断せよ。道中では何があっても漏らしてはならん>
「もちろんです、閣下。命に代えて口外しません」
<よし、ならば行け。・・・・・・ああ、それとワシは今から今後のことを集中して考えるから許可するまで誰も通すな、声もかけるなと警備兵に伝えてくれ>

ホルトゥンとグルップリーと士官は<大将>に敬礼し部屋を出た。
しかし、現実では大将も部屋を出ているのである。縛られてグルップリーに担がれているのである。

「大将が許可するまで誰も通してはならない。声もかけるな」
「はっ」
「ではよろしく頼むぞ」

†††

北の海の魔女 101

†††101

ホルトゥンは『幻影』を使用していなかった。グルップリーは敵とは言っても、数日の間一緒に旅をした仲だということがあって、信頼していたからだ。

「こやつは東の国の宮廷魔法使いです」
「なにっ!?」
「・・・・・・」

グルップリーの言葉に大将は驚いたが、ホルトゥンはただ黙っているだけだった。
驚いて未だ声の出ない大将の前にグルップリーが進み出る。

「大将、奴の魔法は危険です。奴と戦うのではなく、説き伏せて王の臣下とするのがよいかと」
「む・・・・・・。なるほど、心得た」

大将はしばらく豊かな髭を撫でて考えていたが、すぐにグルップリーの進言を聞き入れ、ホルトゥンの正面に立った。

「そなた、名は何という?」
「ホルトゥンと言う」
「ホルトゥンよ、西の国の臣下となれ。待遇は保証しよう」
「あんたたちに降(くだ)るつもりはない」
「降るのではない。仕えるのだ、我らが王に」
「同じことだ。裏切ることに代わりはない」
「何が望みなのだ?言ってみるがよい?」
「あんたたちに叶えられる望みなど、無い」
「ふむ、そうか。では、具体的に挙げていくとしよう。気に入るものがあるかもしれないからな。有り余るほどの金はどうだ?生涯、衣食住に困らない生活も約束するぞ?」
「要らない」
「この国の官職をやろう。つまりは、権力だ。欲しかろう?」
「欲しくない」
「では・・・・・・、王に頼んでお前に城と領地を、」
「くどい。例えあんたが金銀財宝を約束しようが、権力を与えようが、領土を分け、国をよこそうが、私の心は揺るがない。私は決してあの子を裏切らない。私の望みは・・・・・・、」
「・・・・・・おい!だれか、」
「《幻影(ファントム)》」

ホルトゥンの決意を見た大将はホルトゥンの言を待つことなく、大声をあげて、衛兵を呼ぼうとした。
しかし、そんな大将、さらにグルップリーに対してホルトゥンは先手を打った。
グルップリーと大将に『幻影』で「海で溺れる幻覚」を見せたのだ。
実際に溺れることはないが、少なくとも数秒間は沈黙させられることをホルトゥンは知っていた。
ホルトゥンは懐から小さな布切れを取り出し、大将とグルップリーの口に無理矢理突っ込んだ。これでもう声を出すことはできない。
ついでにグルップリーを無力化するために三重の『幻影』で別々に視界を回転させた。
要はタ●ムショックのアレみたいな感じだ。アレの三倍だと思えばいい。
これでグルップリーは完全に「今どちらを向いているか」を見失った。つまりはグルップリーにホルトゥンを攻撃することはできなくなったのだ。

「・・・・・・」
「ふー、ふーっ・・・・・・!」
「・・・・・・」

ホルトゥンは黙ったまま無表情で目の前の二人を眺めた。二人とも大回転のせいで床に手をついて四つん這いになっていた。
大将はほとんど床に倒れ込みそうになりながらも怒気を含んだ荒い息を吐き、血走った目でホルトゥンを睨んでいた。
グルップリーはただ静かな目でホルトゥンを見ていた。
ホルトゥンは『幻影』で剣を大将の首に突きつけ、二三の言葉を囁いて縄で拘束することに成功した。
グルップリーはただ黙ってそれを見ていた。

大将の拘束が終わった頃にグルップリーは完全に回復し、猿ぐつわを自らの手で取った。

「・・・・・・やはりこうなったか」
「グルップリー、君も物好きな奴だ。こうなると知っててやるんだからな」
「私は西の臣下だ・・・・・・。このくらいはやっておかないと示しがつかない。それにこれは君のせいでもある」
「僕の?」
「ああ。常に私に『幻影』をかけておかないからこうなる」
「ったく・・・・・・。これからは素直に手伝ってくれよ?さもないと、『幻影』で君は裏切り者だ、ってここの連中に吹き込むからな」
「よく言うぜ。もうここは私の帰れる場所じゃない。私は現に裏切ったんだからな」
「そうかい。じゃあ、さっさと仕事を片づけますか」
「ああ」

†††

北の海の魔女 100

祝100話!!
これからもガリガリ行くぜ!


†††100


「大将、アヴィンの関を攻略している軍から使者が来ております」
「二万の兵を与えたところだな?よろしい、通せ」
「御意」

大将の許可を得てグルップリーとホルトゥンが大将の部屋へ入る。
ホルトゥンはあらかじめ西の国の兵隊に鎧を借りていた。

「伝令をお持ちしました。お人払いを」
「なに?・・・・・・いいだろう。下がれ」

大将が部屋にいた数人の兵と付き人に手を振る。

「人払いは済んだ。申せ」
「はい。まず、アヴィンの関にて我が軍は敵の手中に落ちました」
「な、なに・・・・・・?なんだと・・・・・・?」

大将が頭を抱えて崩れるように椅子に座り込んだ。

「・・・・・・アヴィンの関が攻略困難とは知っていたが、手に落ちただと!?捕虜になったという意味か!」
「はい。二万の兵、全てが」
「なんだと!?」

大将はいきなり大声を上げて顔を二人に向けた。

「では貴様はなんなのだ、ああ!?全員が捕虜になったというのなら貴様がここにいるのはおかしいであろうが。貴様、軍に属し禄を食(は)む身でありながら軍を見限ったのか!」
「いえ、そうではありません。私は敵の懐に入り込み、機を待っていたのです」
「機だと?」
「はい」

(まさか・・・・・・!!)
ホルトゥンは戦慄し、その肌は粟だった。
グルップリーが傍らに立つホルトゥンを指さす。

「こやつは東の国の宮廷魔法使いです」

†††