FC2ブログ


登場人物

登場人物が誰が誰やらわからん、という事態を回避するためにこの記事を書いときます。
またそのうち更新するかもですよ。


・女神テミスの天秤?
 関静(せき・しずか)
普通の大学に通い、空手サークルに所属する、現在片思い中の長身長髪短気の女子である。現在二回生。
六月のある日、下宿の自室に突如として未来人魔法使いが出現したことで彼女の普通のキャンパスライフは崩壊した……。

 時瀬渡(ときせ・わたる)
未来から来た魔法使い。色々とワケのわからんことを言って静の部屋に半ば強制的に同居する。その代償として炊事掃除家事全般(ついでにバイト)することになった万能人。

矢部優(やべ・まさる)
静の片思いの相手。色々な意味で大物。


・さまよう羊のように
 ココ
親友の住む国を訪ねたら途中で女の子拾っちゃってえらいことに……。という事態に陥る男。ちなみに「ココ」は
あだ名。 
 ナッツ
ココの親友。ちょっとキザで兄貴肌。「ナッツ」はあだ名。
 
フォン
マフィアに追いかけられてココに拾われた女の子。8歳くらい。

 イプ 
ナッツの友人でココ達の世話をしてくれる。一目で善人と判断される得な顔。
 
 シャーミラ
ナッツの妻。良妻で度胸も据わってる。
 
 テト 
ナッツとシャーミラの娘。2歳。
スポンサーサイト



さまよう羊のように 3.0


「「貫通線」に乗れ」
「カンツウセン?」
ココには耳覚えが無かった。
「この国を南北に貫く列車だ。お前が乗るはずだった列車だよ」
「あー、ああ、あれか」
耳覚えはあったようだ。ナッツが確か前に言っていた気がした。確か。
「あれに乗れ」
「でも予約切符は失くしちまったし、買う金も残ってないぜ」
「ああ?なんで無いんだ?」
「でかい鞄に入れてたんだが、フォンを助けるときに置いてきちまった」
「・・・・・・金もないのか」
「ああ。無い」
ココの現在の所持金は食事三回分といったところだった。
「・・・・・・やはり俺がそっちへ行こう」出し抜けにナッツが言う。
「何?」
「電話じゃ正直アドバイスに限界がある。俺も合流するとしよう」
普段ならば。
他人の助けを借りることはココの意地が許さなかった。ココは何よりも他人に迷惑を掛けることを極端に嫌っていた。
いや、「借り」を作るのが嫌だっただけなのかもしれない。
ともかく、それは親友に対しても同じであり、家族に対しても同じだった。大げさに言えば、他人の手を借りるくらいなら死んだ方がましだと思っていた。

実際、今回の件でもココ一人だけの問題だったならばココはナッツへ助けを求めることはあったかもしれないが、少なくとも「助けてやろう」と言ってきた相手に助けてもらうなんてありえなかった。
例え、自分が死ぬことになってもだ。彼の境遇に特別なものがあるわけではない。彼が育つにつれて自然とできあがった性格だ。

他人に頼らない。これがココの信条だった。

ところが、今回はココだけの問題ではなかった。フォンもいたのである。おまけに命がかかっている。
このことがココの決断をより合理的なものへと変えていた。
ホームレスに助けを求めたのもそうだし、警察を頼ったのもそう。
だから、

「頼む」

ココはナッツにほとんど初めてこの言葉を口にした。
「わかった」ナッツもそれに気づいたがあえてこの単純な返事をした。
こういう一瞬のやりとりの中にも友としてのあり方が見えるものだ。

「お前はいつ来れるんだ?」
「そうだな・・・・・・。三日後、いや明後日にはそちらに行けるだろう」
「それまでかくれんぼか・・・・・・」
「いや、俺の友人がその町にいたはずだ。事情を話して協力させよう」
「それは・・・・・・」
言い終わらないうちに唐突に電話が切れた。
一度他人に頼るとどんどん頼ってしまうな。ココは思いながら切れた電話を眺める。
他人を頼るのもありかな。

***

電池残量を確認してもうあまり残っていないことに気づく。バッテリーを後で買わなければ。
ふとフォンを見るとこちらを見つめていた。どうしてかと思ったが、言葉が分からないのだ、当然だろう。言葉でコミュニケーションができないから相手の表情から相手の考えを読みとるしかないのだ。
見ると不安な気持ちを押し殺そうとしているようだが、小刻みに震えている。よく考えれば今までよく耐えていたと思う。マフィアに追われるなんて子供にはかなり神経をすり減らすことだろう。そもそも大人であるココでさえ自分が正気かというとちょっと、いやかなり自信がない。
そこまで考えてそんなことはどうでもいいのだとココは思う。
とりあえずこの子を落ち着かせてあげることが先だろう。
ココはフォンの頭を撫でてやった。

***

電話がかかってきた。ナッツからだった。
「もしもし、ナッツだ。無事か?」
「ああ。どうだった?」
「匿ってくれるそうだ。地図はあるか?」
「ああ、あるぞ」
ショルダーバッグから地図を取り出す。フォンも手伝って、苦労の末にナッツは協力してくれる友人の家をココに教えることに成功した。
「よし、これで行ける」とココ。
ココ達が今いるところから徒歩で一時間ほど。町の広さを考えると奇跡的な近さだった。
「一つ言っておくことがある」
ナッツが低い声で言う。
「フォンがマフィアに捕まっていたのは・・・・・・その子の両親がその子を売ったからだ」
ココは絶句した。
「・・・・・・その子にはもうお前しかいないんだ。さっきの覚悟忘れんなよ」
ココが返事をする前にナッツは電話を切った。
ナッツが声を低くするとろくな話じゃないな、とココは皮肉っぽく呟いた。その呟きをみたのはフォンだけだった。

***

協力してくれる友人の家は徒歩で一時間。なんだか外を出歩くのが今までの感覚と違う、と感じた。子供の頃に近所に何かの野生の動物が出没したときの感じに似ていた。ただ緊張感の重みが圧倒的に違った。

***

ナッツの友人なる人はぱっと見て良い人だとわかるタイプだった。こう、何というかどんなことでも笑い飛ばしてしまいそうという顔だ。どんな顔だ。
この人はイプと言うそうだ。ココはさっきナッツに教えてもらっていた。
「ワタシガナッツヲユウジンナココ」
ナッツに教えてもらった言葉をメモした紙を見ながらたどたどしくココは自己紹介した。いや本人は何を言ったのか分からないのだが。
イプはにこりと人の良さそうな顔で頷き、向き直り英語を話せるかを英語で聞いてきた。はずだ。
「uh....,a little (あー・・・・・・、少し)」
ココはやっとそう返す。散歩とは違って、これはこれで緊張した。
隣でフォンがくすくす笑う。この野郎、いや、野郎じゃないのか、とココは苦々しい顔で思う。
ココがフォンに、いー、という顔をしてやると更に面白かったようでフォンは吹き出した。
ココはまだ少し悔しい、みたいなふりをしながら、フォンが初めて笑ったことをとても嬉しく思った。
やっと笑った、と。
イプはココとフォンを部屋の中へと招いた。

***

ココは現地語は話せない。英語も少しだけだ。
フォンは現地語しか話せない。
イプは現地語と英語の両方を話せる。
そうなると自然イプが通訳代わりになり、ココとフォンの意志疎通を手伝った。フォンが伝えた内容は既にナッツがココに教えたことだったり、既にココが推測していたことがほとんどだった。ココからフォンへは特に何も無かった。というよりも話せなかった。頑張れ、とか、そういった類の言葉しか知らなかった。辞書はあるにはあるがココの母語に対応してあるわけではないので実質使いようがなかった。
そうしてやがてもう伝える事柄がなくなるとイプとフォンが話し込むようになりココは部屋の隅でぼうっとするしかなかった。時々イプの持つ英語の本を読んだが理解できる部分の方が少なかった。イプとフォンの笑い声が異様に大きく聞こえた。
ココは正直なところ疎外感だの嫉妬だの子供じみた感情を抱いていたがイプが目の前にトランプを持ってきたときに全てを忘れてしまった。
結局彼らが寝付いたのは夜がかなり深くなってからのことだった。

***

イプとフォンが眠ってしまってもココは眠れなかった。昔から眠るのは苦手だった。考えすぎてしまうのだ。
その夜にココが思ったことを整理して述べることは難しい。それでも不完全ながらも記述することには意義があるだろう。

ココはイプに対して言い表せないほどの感謝と罪悪感を感じていた。
先程述べたようにココは他人に頼ることを是としない人間だった。このことは彼が今まで人に頼らずに生きてこられたと思っていることを意味する。つまり、彼には能力があり、能力以上のことに出くわしたことのない、人の恩を忘れる無神経な子供だった。
初めて意識的に人に助けを求めたことでようやくココはそのことを自覚した。それは今まで自分を貫いてきた美徳をただの誤りと認める行為だった。
もしもココが一人だったならば新しい考えが頭をもたげて独りよがりな考えを助け起こしたかもしれない。
しかし、何度も言ってきたことだが、ココは独りではなかった。ココにはフォンがいた。ココが助けたフォンはココだけではなく、ナッツやイプの力を必要としていた。本人がどう思っているかに関わらず。
そうしてココは今まで自分を支えてきてくれたであろう人々を想った。両親、友人、イプ、ナッツ、その他様々な人々の顔が浮かんできた。

俺はこの人々に感謝の言葉を伝えることができるだろうか?


***

翌日ココが目を覚ますとイプもフォンも既に起きていて朝食を食べていた。夜更かしをし過ぎたようだ。寝起きの顔を見てフォンはけたけたと笑っていた。人の顔を見てよく笑う奴だ、とココは思った。
ナッツから電話がかかってくる。これでイプとココはほぼ完全な意志を伝えあうことができた。
ココとフォンが外に出るのは危険なので代わりにイプが買い物に行ってくれることになった。今日は平日だがイプの仕事はどうなっているのだろう?結局彼は言わなかったがおそらくは「病欠」だったのだろう。本当に頭が上がらない。
イプが買い物に行っている間、ココとフォンは昨日のカードゲームをやっていた。テレビも点いていたが、言葉がわからないのでココには何の意味もなかった。それでも気は払っていた。もしかしたら今の状況が報道されているかもしれない。しかし、そのような報道はイプが帰ってくるまでに流れることはなかった。
イプはココの携帯のバッテリーを買ってきてくれていた。あとはココとフォンの着替え、帽子・サングラス、等である。中にはフォンのためと思われる催涙スプレーも含まれていた。
昼食をすませる。メニューは炒めた飯だった。味はなかなか。
その後は昼寝とテレビゲームをして過ごした。
日が傾いてきて、夕方になった。
その頃に電話がかかってきた。ナッツだった。
どうやら明日の朝に到着するらしい。荷物をまとめておけ、ということだった。

***

その日の夜は早めに眠った。トランプも無しだ。フォンは残念がったが、翌日のことを考えると夜更かしは出来なかった。
しかしココは起きていた。前日同様眠れなかった。
フォンが隣で眠っている。三人は左からイプ、ココ、フォンの順に川の字になって眠っていた。フォンは完全な無防備に見えたが、よく見ると不安そうな顔をしていた。ココは袖に妙な感触があることに気づいた。確かめるとフォンが袖を握ったまま眠っていた。まるで逃がすものかとでも言わんばかりだった。
それもそうか、とココは思う。
両親に売られて、マフィアに捕まって、商売道具にされかけて、逃げて、追われて、挙げ句警察さえ助けてくれないのだ。
これではこの子にはココ達以外に味方など一人としていない、ということになる。フォンとしては世の中の人間が全員敵になったようにかんじているかもしれない。
フォンの寝顔を見つめながら、ココの心に雑多な感情が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。その胸の内の想いとは裏腹に恐ろしいほどに冷たい目をしていた。
もしも、フォンを裏切った、あるいは追いかける者が今ココの目の前に現れればココは正気を保ってはいられなかっただろう。
ココはわざわざ明日のために新しく覚悟を決める必要はなかった。



***

今のうちにココとナッツの昔話でもしよう。
二人は小さい頃からずっと親友だった。
ココは小さい頃からぼんやりふわふわしたヤツで、ナッツは逆にしっかりしていた。小さい頃からすでに漢気もあった。
ナッツと友達になりたがるヤツは多かったし、ナッツもそこそこの対応はしていたが親友と呼べるのはココだけだった。小さいとはいえココもずっと不思議に思っていた。ただ、それを聞くとナッツがいなくなってしまうような気がして理由を聞こうとは思わなかった。
何年かしてようやくココがそのことについて聞くと、
「ちゃんと対等の人間として俺を見ているのはお前だけだった。・・・・・・他のヤツは少し・・・・・・違ってたよ」
と言った。ナッツがココをどう思っているかを口にしたのはこれが最初で最後だった。

ちなみにあだ名は自分たちで作ったものではない。ナッツはピーナッツ、ココはナタデココ好きと知った別の友人が二人をコンビ「ココナッツ」と呼んだことに起因する。

彼らがやってきたことをいちいち挙げるようなことはしないが、説明のために彼らの悪行の中でも最も派手なものの一つを取り上げるとしよう。

***

「知ってるか?爆弾って簡単に作れるんだぜ」
そう言ったのはナッツだった。
ココとナッツが共に八歳の時だった。
ナッツがインターネットで爆弾の作り方とやらを調べたらしかった。こういったいかにも子供らしいというか考え無しな行為は普段はココの担当だったが今回は違った。そもそもココはインターネットは使わない。
両親が使わせなかった。
ナッツもいつもはすました顔でココの思いついたいたずらをあきれ顔で眺めているのだが、今度は少しレベルの違うものということもあってかなり楽しそうだった。

サイトの作り方を参考に、材料をそろえ、機材を集め、入れ物を作り、本体を調合し、完成させた。
爆弾を人のいない田舎の、人のいない山奥の、人のいない更地まで運んだ。途中で電車にも乗った。運んでいる最中に過って・・・・・・などということは性質上あり得ない。爆弾は途中までしかつくっていなかった。運ぶときの安全のためだ。

そいつを更地の真ん中に置く。
最後に仕上げの手を加えて、起爆する。
爆弾は意図したとおりの役目を果たした。

ココ、ナッツともにその瞬間に二人で手を叩き合った記憶がある。
爆弾なんてもの作るのは悪いことだ。多分、法律にも反している。犯罪だ。そんなことはわかっていた。だからこそそれが楽しかった。
できれば、学校のクラスメートや先生、両親にも見せてやりたかった。
これは俺たちがやったことなんだぞ。
そう言ってやりたかった。

***

どうしてこんな話をしたかというとこの夢をココが見たからだった。
三日目の朝にココが起きると鮮明に夢の記憶が残っていた。この夢をココは懐かしいと感じた。次に罪悪感。今では幼い頃自分が軽蔑していた人たちのことが、大人が理解できた。




***



いきなりだがタームという男について語ろう。彼は実直という言葉の実によく似合う男だ。無口で、酒は飲まず、煙草も吸わなかった。一人暮らしをし、鶏が鳴く位の朝早くに起き、ある種の勤務先というやつに誰よりも早く着いて、黙々と様々な作業をしていた。彼は目上の者にも目下の者にも適切に対応した。
その組織の中では無くてはならない存在であった。それは地位的にも、実質的にも、である。何か問題が発生すればその問題の半分以上が彼の目を通ることとなった。重要な案件のほとんどに彼は関わった。

彼はマフィアである。
彼は正にこの物語のきっかけを作った組の一員だった。つまり、フォンを売り物にしようとし、その途中で逃げられてしまったのが彼らだった。組織に生じた重要な問題の大半はタームの目を通る。今回の件も例外ではない。
「兄貴、すみません。へまをやらかしました」こう言ったのは弟分の中で下っ端の面倒を見ている奴だった。
「どうした。何があった」タームは机に座って目を上げずに聞く。
「「商品」の一人が逃げ出しました」弟分が申し訳なさそうに言う。
「三日以内に捕まえろ。それ以内に見つからなければ打ち切れ。それと逃がした奴の名前を後でライに伝えておけ」
やはり書類から目を離さずに言った。
「それが・・・・・・」
「なんだ」
「その娘は旅行者らしき男と逃げているんです」
「何?」ここで初めてタームは顔を上げた。
「逃げた娘の逃亡を助けた男がいるのです。そいつは旅行鞄を置いていきました」
「その男と娘との関係は?」
「偶然会っただけのようです」
タームは手を顎に当てて少し考え込み、
「その男を最優先で捕まえろ。娘は逃がしてもいい」と言い、書類に目を戻した。
「・・・・・・娘はいいので?」弟分はおそるおそる尋ねる。
「優先順位の話だ。当然娘も捕まえろ」と顔を上げずに言い、手で出ていけ、と合図した。
弟分は一礼して出ていった。
タームはこめかみに手を当てて考えていた。
逃げたのが小娘一人であれば話は簡単だ。ただ捕まえさえすればいい。もし捕まえられなくともただの小娘だ。何をしようとも後で握りつぶせばいい。
だが旅行者つまり国外の人間ともなれば話は別だ。もしもその男が国外でこの話をしたなら厄介なことになる。

「ライは居るか?」タームは部屋の外の男に呼びかけた。
「はい」ライが部屋に入る。
「地元の警察に根回ししとけ。後、逃がした連中に適当な処分を与えておいてくれ」
「わかりました」

***

一日経っても「商品」と旅行者が捕まらないのでタームは新しい指示を出した。
最後に「商品」が目撃されたのは交番の近くでだった。「友人」の警官が足を撃たれ、部下は頭を殴られた。それ以来何の情報もなかった。
この知らせを聞いたとき、正直タームは驚いた。ただの一般人の二人連れ程度に考えていたが、考えを改めた方がいいと思い始めていた。
しかし同時に旅行者がこれで警察に訴えようとすることは無くなった、とも思った。あちら側からすればもう一度捕まるリスクを犯したくないはずだ。
さて、一日経ってあいつらは今どこにいるのか?
まだこの町にいるのか?
いないとすればどこへ?どうやって?

最終的にタームが出した結論は主要な交通機関に部下を配置させることだった。
つまりローラー作戦である。
部下の数は多かった。彼が部下に張らせた場所の中には当然、ココ達が行く予定の貫通線の駅も含まれていた。大きな駅、列車なので部下達の数が最も多い場所の一つだった。
ではココ達がとった作戦は失敗だったのか?イプの家にあと何日かいれば危機は去ったのだろうか。
答えは否、だ。タームは「旅行者」が「商品」を連れていると知った時点で捜索の期間を一ヶ月に延長していた。その間は部下が虱潰しに探し回るのでフォンが逃げた場所からほど近いイプの家ではすぐに見つかってしまっただろう。
他のどの手段を用いてもココ達が逃げきるためには少なくとも一度は追っ手の目の前を通り抜ける必要があったのだ。


***

三日目。ナッツがやってくる朝が来た。ナッツは早朝に着く予定だった。およそ鶏が鳴き出す時間と行ったところか。駅からバスでイプの家、つまりココとフォンの所へ来て、昼の人が多い時間になったらナッツの家へとんぼ返りする予定であった。
ココとフォンはナッツが来る少し前に起き出して身支度を整えていた。といっても二人とも元々の荷物よりイプが買って来てくれた物のほうが多かったのだが。
チャイムが鳴る。全員ナッツが来たのだと思ったが一応ココとフォンは逃げる準備と隠れる用意をした。前者は相手がマフィアだったとき、後者は関係ない人だったときのためだ。見られないよう用心するに越したことは無いだろう。
案の定チャイムを鳴らしたのはナッツだった。ナッツはまずイプとハグし、ココとハイタッチし、帽子を脱いでフォンと握手した。
「遅れて悪かったな」とココに、次に現地語でイプとフォンに同じことを言った。
そしてナッツの後にドアから入ってきたのは赤ん坊を抱えたナッツの妻、シャーミラだった。

***
なぜシャーミラがいるのか?
その話は一日目の夜にさかのぼる。
「三日ほど留守にするぞ」会社から帰って妻と夕食を食べ始めたときにナッツは妻にそう告げた。
「あら、どうして?明日にはあなたのご友人が来られるのでしょう?」シャーミラが不思議そうな顔で聞く。
「あいつが向こうでトラブルをこしらえてな。迎えに行くようなもんだ」とナッツは妻の作ったスープを見つめながら言う。
「イプさんには頼めないの?」
「もう頼んである。それでも俺が行かないとダメなんだ」
ナッツは上の空だった。今もココをどうやって逃がすかを考え続けていた。そしてナイフを握ったまま肉料理を眺めていたのだ。これがまずかった。ナッツの妻シャーミラは夫の異変に気づいた。
「何があったの?」先ほどまでとは違って少し声が険しかった。
「何でもないことだよ」
ナッツはココの逃走計画は練っていたが、妻への言い訳はそんなに考えていなかった。
シャーミラは夫の夕食をさっと取り上げた。
「何をするんだ」けげんな顔でナッツが聞く。妻に対しては優しかったのでこんな調子だが、もしも犯人がココだったら拳骨が飛んでいる。元々短気なのだ。
「あなたがしゃべるまでおあずけよ」シャーミラは夫の夕食を持ったまま言う。しゃべれば返す、ということだ。
当然、しゃべらずともその気になれば夕食を取り返すことができるのだが、ナッツはむっとした顔で
「わかった。今日は夕食は無しだ」
と言って席を立っただけだった。

その時点でできていた逃走計画に必要な物を準備してナッツは風呂に入った。二番風呂だった。一番風呂はシャーミラと娘のテトが先に入っていた。
風呂から上がると娘と妻はもう眠ってしまっていた。ナッツはしばらく妻と娘の寝顔を見つめていたが、シャーミラが起きかけたので慌てて彼女たちを起こさないように静かにベッドに入り、眠りについた。

翌日ナッツは灰のフロックコートに縁のある黒帽子を被ってかなり早めに家を出た。重要なことがある時は彼はいつもそうする癖があった。朝の一番早い便の貫通線の一時間以上早くに到着していた。まあ、切符を買うのに時間がかかるので油断はできないのだが。ちなみにこの時に往復の切符をナッツ、ココ、フォンの分と万一の場合にイプの分も買っておいた。額はバカにならないが緊急時だ、仕方ない。

列車が来るまでベンチに腰掛けて売店で買った新聞を読んで時間をつぶす。相変わらずな記事ばかりだった。どこどこの工場で事故があった、とか、どこどこの国でだれだれが賞をもらった、とか、誘拐とか、殺人とか、どこぞの家の犬がどうした、とか。そんなことばかりだった。
新聞を畳んで脇に置き、ベンチに全体重をあずけるようにぐでっと座って深々とため息を吐き出した。ナッツは普段こんな座り方はしない。妻に注意されるからだ。
「とんでもねー厄介事に関わっちまったなー」
そう力なく他人事のようにぼやいてタバコとライターを取り出す。
ライターの火を起こす手が震えていた。それを冷たい目で眺めながら火をつけた。息を深く吸い、ふーっと長い息を吐いた。煙の味が口の中に広がる。
タバコも辞めてからずいぶん経つ。結婚してから禁煙し始め、娘が生まれてからは一切吸っていない。
そしてぼんやりと色々なことを考え始めた。

ココはもう自分のことを故郷に連絡しただろうか?あいつのことだ、どうせ誰にも連絡を入れていないに違いない。目の前の状況にしか目がいかなくなるからな。
イプには今度お礼をしないといけないな。何がいいだろう。やっぱり食い物かな。今度良い店でおごってやろう。
フォンという子はどんな子だろうか?どんな言葉をかけてあげるべきだろうか?
ココとフォンを助けられるだろうか?
無傷では難しいかもしれないな。誰かが何らかの「傷」を負うことになるだろう。問題はそれをいかにしてフォンへと向かないようにするかだろう。
ココは別にいいだろう。
・・・・・・無事に家族の元へと帰ることができるだろうか?自分が死んだらシャーミラとテトはどうなる?シャーミラも働いてはいるが稼ぎは少ない。とても母と子だけでやっていくことはできないだろう・・・・・・。
死にたくはないな・・・・・・。

ここでナッツは何かに気づき顔を動かし、タバコの灰をコートに落としてしまった。慌てて灰を払いながらナッツは思う。

そうか、俺は死にたくないのか。当たり前のことだが、妻と娘のために死にたくない、じゃなくて単純に死にたくないんだな。

ここまで考えてナッツはくくくと低く笑った。不気味な笑いだった。

この俺が死ぬことにビビるなんてな。今までそんなこと思いもしなかった。家族がいるから死にたくない、とは常々思っていたが、死への恐怖そのものをここまではっきりと感じたのは初めてだな。
今までの人生の中で死を考えてこなかったわけでもないし、死を実感したことがなかった訳でもない。
しかし、現にこれまでに味わったことのない死への恐怖を感じているということは、やはり、頭の中で漠と考えていただけに過ぎなかった、というわけだ。
ココと同じだな。ちょっと楽天的というか考えが甘いあたりが。あいつのそういうところも嫌いではないがな。あの性格だから道で出くわした他人を命がけで助けるなんてバカなマネができるのだろう。
そのバカな親友を助ける奴も相当なバカだが。

ナッツはもう一度深く息をを吸った。久しぶりの一本を存分に楽しむように。

・・・・・・ココも同じように悩んでいるだろうか?悩んでいても、悩んでいなくても一発ぶん殴ってやろう。何かそういう気分だ。
さて、下らないことを考えるのは後にして作戦を立てるか。

***

電車が来た。その列車はナッツには一体何に見えたのだろうか?
客車に乗り込み、座席に座る。座席は進行方向に対して垂直に何列も並んでいる。座って横を向けば楽に景色が見える。
ナッツが座席に座ってしばらくすると、列車の扉が閉まった。それとほとんど同時に隣の席に誰かが座った。
「あたしも付いていくわ」
その声を聞いてナッツはばっと振り向いた。声の主は麦藁帽をかぶり赤ん坊を抱えたシャーミラだった。

***

三日目である今日にナッツの家へ向かうにあたってココ、ナッツ、イプ、フォン、シャーミラの五人はナッツが立てていた作戦を確認しあった。
ナッツの家へ向かうのはココ、ナッツ、フォン、シャーミラの四人。当然と言えば当然だがイプは残る。最初から彼は部外者で巻き込まれた人だ。むしろここまでよく助けてくれた。
ココ、ナッツ、フォン、シャーミラの四人は人が最も多くなる十一時の列車に乗る。駅までは徒歩で行くことになった。バスには必ず一人はマフィアが乗っていることをナッツとシャーミラが道中確認していた。
マフィアはココ達は「旅行者の男」と「少女」の二人連れを追っている。だから、「親子三人」になって逃げることになった。「親子三人」はココ、シャーミラ、フォンの三人だ。それぞれアロハシャツ、ワンピース、帽子にシャツとジーパンを着て行く。地方に旅行か観光に出かける風を装い、フォンは男子に化ける。マフィアもフォンが男の子に化けるくらいは想定しているだろうが親子連れになれば大丈夫、とはナッツの言葉だ。今日は休日なのだ。ココはこの日に合わせて飛行機をとったのだから当然だが。
今日は休日。つまりは子連れが最も多いときなのだ。
ナッツは「会社員」として別行動をとり、非常時に対応することになった。
フォンは「男の子」になるために髪を切った。「男の子」になると聞いた時に本人から言い出したことであり、洗面所でシャーミラがフォンの髪を切った。
ココが前に警官から奪った銃は練習した経験のあるナッツが持つことになった。

その時点で決行まで残り三時間あった。

***

まずナッツがグレーのスーツの「会社員」で家を出、さらにその何分後かにココ、フォン、シャーミラは夫婦と男の子の「親子三人」が出発した。
ナッツは回り道をしてすぐに「親子」と合流した。といっても一緒に歩くわけではなく、当然十分に距離を取って前を歩き、マフィアがいないかどうかを斥候として確認する役目を果たしていた。
四人は次第に駅に近づいていき、やがて道は広く、人は多くなっていき、じきに最早身動きするのも難しいほどの混雑の中を進んでいくようになった。
そうなれば例えナッツがマフィアを認識したとしても「親子」が回避することは難しくなっていった。
それでも見つからなかったのはシャーミラがいたからだろう。彼女がいなければ「女の子連れの男」の図式を崩せなかった。その認識を突いたこの組み合わせはおそらくは満点だったろう。
マフィアたちの目の前を通り過ぎることはさすがに無かったが数メートルの距離を歩き、駅へと行進を続けた。

女神テミスの天秤 3.0

この回想の引き金は静の「どうして家出したの?」という言葉だった。
★付箋文★
以下は一年前の渡の回想である。つまり、渡がタイムスリップする一年前、「現在」の三百年後にあたる。このときも「現在」と同じ六月の頭だった。
「なー、トキ、「物理的に閉じた空間」の作り方今度教えてくれよ」
「あー、あれか。難しいからな。いいぜ」
トキと呼ばれた少年は渡だった。
だが「現在」の三百年後にあたるこの時代の彼の友人に彼を「時瀬渡」と認識している者はいない。なぜなら「時瀬渡」の「渡」は本名ではないからだ。「渡」は「現在」で馴染めるように、と変更された名前なのだ。彼のことをこの時代ではトキと呼ぶとしよう。時瀬だからトキである。
また言葉も「現在」とは違う。間違いなく日本語なのだが最早イントネーションが変わってしまっているので、この会話を静が聞いたとしてもすんなりと理解するのは難しいだろう。
渡は魔法で「現在」の日本語に対応しているのだ。それゆえに渡は静と普通に会話できるのだ。

トキは今、学校にいた。学校と言っても教えるのは科学ばかりではなく、魔法も教えていた。もっとも、魔法を教える学校は日本ではそう多くはなくその数は片手で数えられるほどであった。
つまりはエリート学校である。この時代では魔法は当たり前の者ではあったが使える者はほとんどいなかった。非常に限定された物だったのである。
彼がこの学校に入学できたのは彼の才能は言うまでもなく、彼の父の影響もあったためである。別に父が裏で何かしたということではなく、父の存在がトキの能力に影響を与えた、ということである。
彼の父は魔法を研究する学者であった。そしてトキは父を深く尊敬していた。
しかし、一方で自分では魔法を使えず、使える者も少ないため実験も思うように進められない父も見てきたのだった。
だから、トキは尊敬する父親に自分の魔法で研究を進めてもらうために国内で最難関である道を選んだのだった。
結論から言えば、トキはその学校の中で抜群に出来がよかった。実技でも理論でも敵う相手はいなかった。そもそも学校に通うレベルではなく最早研究するレベルであり、実際に研究を始めていた。
彼の研究は主に「絶対性」に関することであった。その魔法さえ使うことができれば他の魔法の効果を出すこともできる、そういう魔法を産みだそうとしていた。
この命題は魔法が発見されてから十年ほどで考えられ始めた。魔法は種類も多く、覚え辛い。しかも少しでも式を間違えれば予想できない効果が出てしまう。
故に昔から多くの研究者達が挑戦しては敗れ去ってきたのだ。
トキはこの問題を真剣に解こうとしてはいたが、別に本気で解けるとは思ってはいなかった。ただ、退屈とも言える授業授業の毎日に張り合いが欲しかったのだ。
とはいえ、研究はゆるゆると続き、始めてからすでに数年が経過していた。
授業など二の次。そもそも聞かなくても全部理解していたし、実践できた。
そんな彼を妬む者も当然いたが彼とつきあいがある者は大抵その毒気の無さに面食らった。授業を真面目に受けてはいないが、そんな素振りは見せないように気は使っていた。
学校での用事が全て終わると交通機関と家に帰る。魔法でぱっと帰ったりはしない。魔法はそんなにほいほい使っていいものではないのだ。交通機関の性能も「現在」とは段違いなのだ。使わなくても三十分あれば帰宅できた。

★付箋文★
「おかえり」帰宅すると家のどこかから父の声がした。
「ああ、ただいま」トキも返事をする。
荷物を自分の部屋に奥とトキは
「今からご飯の準備するから」と家のどこかにいる父に言った。んー、とか、あー、とかいう返事が聞こえた。
料理は別に「現在」の日本と変わりない。ただ機材は大きく様変わりして、はるかに使いやすくなっていた。

「できたぞー」
何十分かしてやはり書斎にいるのであろう父に向けて叫ぶ。どたどたと駆け降りてくる足音がする。父だ。父が階段を歩いて降りたためしがない。
父が席に着く。テーブルにはすでに夕食の品が並んでいた。「現在」とそうかわりばえのしない料理ばかりだ。この親子は古風なのだ。
「いただきます」
二人そろって言って食事を始める。会話は特にしない。テレビをつけているわけでもない。ただ静かに食事をとるのがこの家のスタイルだった。
母親はいない。仕事ばかりで愛想のない夫に嫌気がさした母親は離婚を提案した。母親はトキを連れていこうとしたが、トキは父親と住むことを選んだ。
「うまいな」父がぼそりと言う。
「いつもどおりだろ?」
「まあな」
その後は会話が無くなり、そのまま
「ごちそうさま」
食事の時間、この親子の数少ない団欒の時は終わった。父は書斎へ研究に戻り、トキも勉強といいつつ研究に自室へと籠もった。
とはいえ、数時間すれば夜食の時間なのだが。

★付箋文★
「さて!」
回想終わり、とばかりに渡は勢いよくソファから起きあがり、
「掃除するかあ!」と叫んだ。

★付箋文★
家事は全て済んだ。掃除は終えたし、洗濯もハプニングがあったもののやり遂げた。昼食もすませ、夕食までは時間がある。バイトもめぼしい物はチェックした。ならば・・・・・・
「散歩に行くか!」
散歩である。
町の真ん中なので緑は確かに少なかったがそれでも公園なんかには多少は残っている。そんな所をぶらぶら、雲を見ながら歩き回った。魔法使いだから自然の力を感じている、ワケではない。魔法はそんな代物ではない。
散歩だとか自然だとかは完全に彼の趣味だった。自然大好き、絶対保護!というわけでもなくただあの緑の変な形のうねうねを見ているのが好きだったのだ。雲も似たような意味で好きだった。渡以外の魔法使いでこんな風に散歩をする奴はあまりいなかった。この時代と同じである。
別に何時間でも散歩したままで過ごせるのだがそれ以外にも俗世がらみでやりたいこともいっぱいあったので彼は一時間そこそこで散歩を切り上げ、町中へと繰り出した。電化製品を見に行ったのである。

★付箋文★
そのころ静は面白くもない講義を睡魔と格闘しながらも聞いていた。ノートはとっていたがいかんせん睡魔のせいで非常に筆圧が低いわけのわからない字が書き連ねてあるだけであった。
ようやく講義が終わり、出席の紙を提出して図書館へ向かう。次のコマは空きでその次のコマにゼミがあるのだ。
「ゼミの準備をしないと」
ゼミの課題は「近年の人口増加に関してのなんたらかんたら」だった。最後の仕上げをしなければいけない。昨日の夜はとんでもないことがあってほとんどできなかったが、絶対に仕上げないとまずい。今日は発表なのだ。
確かに発表で半端な出来の物を引っ提げていくとそれは単位に響くだろうが、静の場合はそれだけではなかった。
片思いの「彼」がそのゼミにいるのだ。いや、そのゼミに彼がいるのだ。
★付箋文★
その「彼」はクラスこそ違ったが静と同じ高校の同級生だった。高校の時は別に気にもならない存在だった。彼が同じ大学に通っていることさえ知らなかった。それがまあ、ゼミをとってみると同じ高校の人間が居たのだ。静はとりあえず声をかけた。
「どうも」
「え?ああ、どうも」
彼の反応はほとんど無かった。
「あの・・・・・・、私、わかります?」
「へ?どこかであったことありましたっけ?」
静はちょっと面白くなかった。自分はこいつのことを覚えているが、こいつはあたしのことを忘れている・・・・・・。
「同じ高校よ」
「あー、うん、クラスは違うよね・・・・・・?」
完全に知らなかったらしい。というか同じクラスの人間忘れてるのか。
「違うけど、見覚えくらいないの?」
「無いね」即答だった。
「・・・・・・。じゃあ、よろしく。このゼミがんばりましょう」
「ああ、お互いにね」
そう言って静は違う席に着いた。
その後家に帰ってからアルバムを確認したところ「彼」の名前は矢部優(やべ・まさる)であった。

そしてかれこれ三週間。静は矢部を気にかけるうちに気が付いたときには好きになっていたのだった。

★付箋文★
「わははははははははははは!」
渡は静を指さして爆笑していた。静はただ赤面して黙っている。
「だはははははははははははは!なにそれ、なにそれ~?ははははははは、ぶはっ」
「殴るよ!」
「殴ってから言うなよ!」
静はその日の晩、つまり渡が来た二日目に、自分の恋について渡に相談したのだった。そう言うわけで静がどのように恋に落ちたかを少し照れながら打ち明けたのところ、渡がついにこらえきれず笑いだしたのだ。
「あんた、あたしが真剣に話してるってのに・・・・・・」
「いや、だってお前面白いもん」
「ああ?」
「ハリセン振りあげないでくれるか?ハリセンでもすごく怖ええ」
「じゃあ、笑うんじゃないわよ」
「わかった、わかった」
静はベッドに腰掛け、渡は床にあぐらをかいて座っていたがちょっと天井を見上げた。
「いーよ、手伝ってやるよ」
「本当?」
「うわ、びっくりした」
渡は静がやたらと高い声を出したことに素直なリアクションをした。
静は少し顔を赤くした。恥ずかしいらしい。
渡は頭をかりかりした。
「でもそんなには期待しないでくれよ。魔法はあまり使えないからな」
「わかってるわよ」
そういう訳で渡が静の片思いをサポートすることが正式に(?)決まった。

★付箋文★
もう二人とも布団の中に入り、部屋を仕切るカーテンも引いた後で静がなにやらごそごそする音が聞こえた。何の音かと思って渡が注意して聞いているとどうやら木刀のようだった。
「・・・・・・なあ、木刀一体何本あるんだ?」
「ひい、ふう、みい、・・・・・・」静は指折り数える。
「どんだけあんだよ・・・・・・」
「五本」
「多すぎだろ!?」
「男と同居してるのよ、これくらいしないと」
「俺をどつくためのなのか!?」
「そうよ、変なことしたら殺すわよ」
「はあ、まあ、殺されんようにするよ」
「そうよ。その方が身のためね」
「はいはい。じゃあ、おやすみ」
「ん、おやすみ」


★付箋文★
そんな感じで数日が過ぎていった。そのうちに渡はバイトを始めた。なんとかという何でも屋で雇ってもらったようだ。時給はそれほど高くはなかったが入れる時間が長かったので一月ではかなり稼げる予定だった。

そして渡がやって来てから一週間ほど経った日に静は渡を大学へ連れていった。
静は渡に片思いの相手であ矢部を見せるため、確認させるためであった。
「これが大学か。中々なもんだな」
「なんで上から目線なのよ」
「だって俺未来人だし」
「そんな理屈があたしに通じるとでも?」
「別にお前を評価してねえよ」
「評価に値しないですって!?」
「違うよ!聞けよ、人の話!」
「ところでさあ」
ふと静は話を区切った。本当にマイペースだな、と渡は思う。
「なんで言葉通じるの?あんた未来から来たんでしょ」
「言ってなかったっけ?魔法で色々してるんだよ」
「色々って?」
「説明しても構わんけどわからんと思うぜ?」
「じゃあ、いいわ」
ある教室の前まで来て静は渡に向き合って言った。
「九十分したら授業が終わるから。そうしたらまたこの教室に来て」
「わかった」
静は教室に入り、渡は大学の外にあった古本屋へと向かっていった。

★付箋文★
八十分くらいの時には渡はすでに教室の外で待機して、先ほど購入した物理の本をぱらぱらと読んでいた。そうして九十分と少し経ったあたりで学生がぽおぽろと教室から出てきた。その中に静の姿はまだ無い。
渡に矢部の姿を確認させる手順は、まず例のゼミの授業を静が受ける。渡は教室の外に控えておく。
授業が終わると矢部が出てくるはずなのでその時に静が後ろから(この人よ)と指さして渡に示す手はずになっていた。
しかしなかなか静が出てこない。まさか見逃してしまったか、と渡が心配し始めた時に一人の学生が出てきて、続いて静が出てきた。先の学生を指さしている。
ほう、と渡は思った。静が片思いするのも無理はない。
その学生はよく整った顔立ちをしていた。鼻は低すぎず高すぎずちょうどよく、髭はきちんと剃っており、目は真っ直ぐで意志の強さが現れるよう、髪は短髪で、当然染めてもいない。
硬派そうな印象をあたえるのでもてるわけではないだろうが、だからこそ静のようなややこしい女にはどんぴしゃだったのだろう、と渡は感じた。

★付箋文★
「ふー、ただいま」
「あー、おかえり」
静の帰宅の宣言に返事をしたのは渡。夕食と風呂の用意はすでにできていた。
ちなみに風呂や洗濯など、渡の男要素が生活に混じるのを静は最初はかなり抵抗して、
「風呂と洗濯は別よ!」
と叫んでいたが、四日ほど経つと、
「なんか気にならなくなったから一緒でいいわよ」
などとさっぱりと言ったので渡は少し申し訳なさを感じつつも、風呂は銭湯から家に、洗濯はコインランドリーから家の洗濯機に、代わった。
「遅かったな」
「今日はサークル仲間と話し込んじゃってね」
「そうか、なら連絡しろよ。メシが作りにくい」
「わかったわよ。家に電話すればいいのね」
「そうだな。・・・・・・」
そこで渡は少し思案顔になった。
「何よ、どうしたのよ」
「俺も・・・・・・携帯電話を持った方がいいかと、ふと思ってな」
「必要?」
「わからないけど必要になるかも」
「買っとけば?」
「そうだな。じゃあ、また今度頼むよ」
「ああ、そうね。一人じゃ買えないものね」
渡がうなずく。未来から来た彼には当然住所が無い。なので契約は静が行わなくてはならないのだ。
「さて、それはそれとして、よ」
静はテーブルのそばに座り込み、テレビを点ける。渡もその正面に座る。
テレビをかけて、ちゃぶ台大のこのテーブルを囲むのが二人の相談時のスタイルの一つだった。
「どーやって、矢部君を振り向かせるのよ」
「なんか恥ずかしいな。この感じ」
「うるさい。真面目に考えなさいよ」
ふあーっと渡はあくびをした。そしてテーブルの端にあったスナック菓子の一つを開けた。棒状のじゃがいもを揚げたやつだ。
二人でその中身をつつきつつ話し合いを進める。
「なんであんたが矢部君に会う必要があったの?」
「あいつを見ておけばいつでもあいつの居場所がわかるようになるんだよ」
静の菓子をつまむ手が止まった。
「え、なにそれ、魔法?」
「ちょっと違うね」
渡は棒状のスナック菓子をつまんでそれをくるくると回した。
「矢部の魂を見たんだよ。魔法使いならできる」
「へえ・・・・・・。なんか怖いわね」
「そうか。まあ、位置くらいしかわかんないんだけどな」
「ふーん。あたしのも見たの?」
「ああ、見えてる」
静はかなり嫌そうな顔をした。
「ああそう・・・・・・。じゃあ、あたしのピンチには駆けつけてよね」
「そりゃ、無理だね。ピンチかどうかわかんないから」
「役立たずね」
「便利屋じゃないので」
「何でも屋でしょうが」
「バイトなんで」
渡は口をとがらせて菓子を唇と鼻ではさんだ。その格好に思わず静は吹き出した。しかし顔を背けてこらえている。
「あ、あんた、やめ・・・・・・」
「おっ、これ面白い?ツボか?」
「くっ、あははははは」
さらに渡が顔を変化させたので静はたまらず笑い転げた。
「ほれほれ、ほいほい」
渡も調子に乗って変顔を連発する。
収まって再び相談するテンションまで戻ったのは十分ほどしてからだった。

★付箋文★
「じゃあ、頼んだわよ」静が家を出るときに言ってきた。
「ああ、任せとけ」渡は朝食の後かたづけの手を止めて返事する。
今日はバイトもなく、家事もたまっていない。なので午前中に家の用事を全て済ませて、午後には大学に行く予定だった。
講義をただで聞きに行くのではない、矢部とお近づきになるのだ。

「矢部君と友達になってよ」
昨夜、静が唐突に言い出したことだ。
「はあ?俺が?お前じゃなくて?」
「そうそう、あんたが」
「なんで?」
「なんでって・・・・・・。そんなこともわかんないの?」
「・・・・・・お前、あいつと直接話すのが怖いのか」
「そうよ」
「えらくはっきり言ったな」
「そうね。でもそこをぐちぐち言うと怒るわよ」
「言わねえよ。・・・・・・そんなんで大丈夫か?」
「何が?」
「俺があいつと友達になった後だよ。お前も友達になれるのか?」
「うるさいわね、そんなことは友達になってからいいなさいよ」
「へいへい」
その後もなんやかんや騒がしい押収が続いたのだが、割愛するとしよう。

お知らせ?

どうもどうも 今月初の投稿です。ゆったりと更新しますよ~。
小説の名前を変えました。「理の魔法使い」を「Will god forgive me?」に改名しました。
まあ、あまり読んでる人もいないので問題はないでしょう。もし問題があったのならすみません。

・・・・・・何を書けばいいのでしょうか?ここの文が思いつかないよ・・・・・・。
まあ、繰り返しになるかもですが、コメントしていただければとても嬉しいです。

では、またね~。

テーマ : つぶやき - ジャンル : 小説・文学

女神テミスの天秤 2.0

その後三十分かけて静が知った情報をまとめよう。
その一、彼女の部屋への侵入者の名前は時瀬渡といって未来から来た魔法使い。
その二、こいつは時間遡行魔法とかいうものを使ったらしく、その出口が静の部屋だった。
その三、そのため静の部屋は非常に不安定になっており時瀬はその調整をしなければならない、とのこと。
その四、こいつがこの時代に来た理由は「家出」だそうだ。

「はああああああああぁぁぁぁぁぁ???!!!」
初夏の夜に静の絶叫が響きわたる。
「落ち着いて落ち着いて」
「落ち着けるかあああぁぁぁぁ!!!」
静がその辺に置いてあったハリセンで思いっ切り渡をどつく。ハリセンでも全力だと少し痛いことを渡は知った。
「家出!家出であたしの家に居座ろうってのか?!ああ?!」
ハリセンを持って目を血走らせて仁王立ちする静の姿は実に迫力があった。
「はい。お恥ずかしながら」
「くうううううう」
声にならない叫び声をあげて静は頭を抱える。
しかしやがて諦めたように腕をだらりと垂らし、目は虚ろになった。
「わかった。家出はいいわ。じゃあ、何か見返りはあるんでしょうね」
「え?」
「え、じゃないわよ。あんた無条件であたしのの家に居座るっての?」
「それもそうだな。何がいい?」
「え?そうね・・・・・・。あんた、魔法使いなのよね」
「そうだよ」
「じゃあ、あたしのために魔法を使うってのはどうよ?」
「あー・・・・・・。そうか。そうなるか、なるよな」
渡は頭をがりがりと掻いた。
「それは・・・・・・やめてほしいな」
「なんでよ」と睨みつける静。渡は冷や汗をかき、ごくりと唾を飲む。ハリセンの恐怖が脳裏によみがえっているのだろうか
「「影響」が出てこの部屋の不安定度がなかなか下がらなくなる」
「・・・・・・つまり?」
「あまり、使ってはあげられない。というか、使いたくない。君も俺に長居されるのは嫌だろ?」
「全く使えないの?」
「いや、使えるけど制限しないと」
「使えはするのね?」
「ああ」
「頻度は?」
「一ヶ月に一度か・・・・・・。もっと少ないかもしれない」
「多くはならないのね?」
「多くなることはない」と渡は断言した。
静は目を閉じてしばらく悩んでいたが、この男を追いやることができない状況下において答えは一つしかなかった。
静はため息をついた。
「わかったわ。一ヶ月に一度ね」
「交渉成立?」
「ええ」
渡は手を差し出した。静は黙って握手に応じた。
が、静はそのまま渡の手をぎりぎりと握りしめた。握りつぶしてやるわ!と言わんばかりの握力だった。
思わぬ攻撃に悶絶する渡に
「もちろん、他にも色々やってもらうからね!わかった!?」
「分かりました分かりました!痛い痛い痛い~!放して放して!」
「とりあえず掃除洗濯炊飯。つまり家事全般。あとバイトして金も稼いで」
「わかった!わかりました!だから手を放して!」
「あとはそうね・・・・・・」
「まだあるのか!手を握りつぶしながら考えるのはやめてくれ!」
渡の手はようやく解放された。うっわ、手がちゃんと動かねーよ、と渡がぼそぼそ言っているが静は全く気にも留めない。
「あ!」
何か思いついたようだ。どうせロクでもないことなんだろうと、渡は眉にシワをよせて見ている。
しかし、静は少し考える素振りをして、
「いや、やっぱりいいわ」
と言った。耳の辺りが真っ赤になっていた。
「なんだ?片思いの相手でもいるのか?」
それを聞いて静は目をがっと見開き、
「ち、違うわよ」
「図星かよ・・・・・・」
「~~~!!!違うっつってんでしょうが!」
静は声にならない叫び声を上げた後、ハリセンをお見舞いしながら二の句を継いだ。もっとも渡には聞こえなかったのだが。

★付箋文★
翌日。静は目を覚まし、窓のカーテンを開け、外の景色を眺めた。
「今日もいい天気!」
と元気一杯に宣言し、ふと部屋の一角に目をやってしまった。
そこには大きな布がぶら下がっていた。その布の向こう側には「同居人」が居る。
その布は壁の突起と突起に結びつけられていて部屋を二つに分断している。そうして分けられた二畳の「部屋」は渡の物である。そこだけは渡の所持が許可されたのだ。
「夢じゃないか・・・・・・。やっぱりね」
先ほどの静の元気も少し無くなった気がする。
するとその隔絶カーテンがばっとめくれあがった。犯人は当然渡だ。
「おはよう!」
と言いつつしゅっと手を挙げる。
「・・・・・・おはよう」
と静もややげんなりと手を挙げ返す。
渡は朝に強いタイプらしくさっさと起きあがって
「家事は俺の担当だったな」
と言ってキッチンに消えていった。
がば、と冷蔵庫を開ける音がした。そしてすぐにばたん、と冷蔵庫の閉まる音。
「おい」
にゅっと渡の首だけが静の居る部屋に入ってきた。静は何をするでもなくぬいぐるみを抱えてぼーっとしていた。
「何よ」と静。心当たりがあるようで本人も少し決まりが悪そうだ。
「冷蔵庫の中まともな物がねーじゃねえか」
「しょうがないでしょ。サークルで忙しいのよ」
静が口をとがらせて言い返す。それに取り合わずに渡はやれやれと首を振って再びキッチンに引っ込んでいった。

しばらくして出てきたのはスクランブルエッグだった。
「あたしの方が美味しいわね」
「事実だとしてもそんなこと言うな」
「はいはい」
静はスプーンで卵をかき集めながら渡に尋ねる。
「あんた、この後どうするわけ?」
「この後?」
「あたしが大学に行った後」
「ああ」
と渡は納得した音を出し、
「まー、とりあえず家事はしといてやるよ。暇だし。ところで」
と渡は静の机の上のノートパソコンを指さす。
「あれ使っていいか?」
「いいけど、何に使うの?」
「ん、昨日お前に言われたからじゃないけど、バイトの情報を見たいんだよ」
渡は皿を持ち上げて卵をかき込んだ。この状況に神経の細い女の子なら気が狂うかもしれないが、心配は要らない。静の神経は太かった。伊達に男ばかりの空手サークルに入っていない。
「バイトしてその金、何に使うの?」
「んー、別に決めてないけど部屋代、とかパソコン買ったり、とか」
「まあ、部屋代はともかく食費はどうにかしないとね」
「他にも色々金がかかるだろ。同居人が増えると」
「出てってくれるのが一番なんだけどね」
「無理だって」
「ちっ」
静は行儀悪く舌打ちをしたが、普段からこんな態度を他人に見せたりはしない。渡にだけだ。
「ねえ、あんた」
「ん」
「どうして家出したの?」
「ちょっとしたケンカだよ」
「ふーん」
しかし、質問したときに渡の手がほんの一瞬止まったのを静は見逃さなかった。
二人で食事を終えて食器を片づけた。といっても洗いはしない。渡が居るからだ。この男がいれば家事の負担はぐっと減るだろう・・・・・・。
「あんた、家事できんの?」
「できるよ、失敬な」
「そう、よかった。家事全部やっといてね」
「わかってるよ。・・・・・・なんかむかつくな」
「何か言った?」
「何も言ってねえよ」
そういうわけで静は家事をせずとも、何の気兼ねもなく大学に行けるようになった。
しかし、彼女が洗濯物の中に自分の下着が当然入っているということを間抜けにもこのとき忘れていて、午後の講義中に思い出し、さすがに羞恥心で顔が真っ赤になったことはちゃんと書いておこう。

静が出ていって、渡はすとんとソファに腰掛ける。彼にはちょっと柔らかすぎた。もう少し固い方が好みだった。
そうして彼はぼんやりと雲をみるように一年前のことを思い出し始めた。

テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学