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詰みゲー! 回想編

†††

かんかんかん、かんかんかん。
かんかんかん、かんかんかん。

一人の女の子がボロっちいアパートの脇についている錆で赤茶色になった階段をリズミカルに駆け上っていく。
しかし、軽やかな足取りとは裏腹にその眉間には不機嫌そうにしわが寄っている。

(ったく、どうしてあたしがこんなこと・・・・・・。どうせ、サボってるだけの奴に・・・・・・)

不機嫌な彼女の足はアパートのある一室の前で止まった。


***


少女がアパートのボロ階段を上るおよそ一時間前。

「・・・・・・どうしてあたしに頼むんですか?」
「お前ん家、近いし」

職員室で少女は目の前の担任に面倒な仕事を押しつけられていた。それは「ある生徒の家にプリントを持って行く」というもの。
要は二日続けて欠席した生徒の自宅に寄り道する、というだけの話だ。相手が普通の生徒ならば何の問題は無い。
普通の生徒なら。

「どうして先生が、」
「職員会議があるからな。今日は行けないんだ」

少女は先生の表情を見て本当かなあと思ったが、その後も懇願し続けられて結局、折れた。担任が後日、飽きるほどかりんとうをくれるというのだ。乗るしかなかった。


***


少女は一旦家に帰ってから荷物を持って「仕事」に出かけた。
担任に手渡された手書きの地図によれば、「問題の生徒」の住むアパートはわりと近所だった。

数分後、少女の目の前には一軒のアパートが立っていた。
地図に記された名前と同じそのアパートを見つめる。
小さい。そしてボロい。
そのアパートの両脇には二つの立派なマンションが建っているのだが、それにあたかも押しつぶされそうになって、アパートは建っていた。見るからに日当たりは悪そうだ。

アパートは一階と二階とに分かれていて、二階に行くには錆びた階段を上らなくてはならなかった。
地図のメモ書きによると問題の生徒は二階に住んでいた。

問題の生徒。彼に関して、少女は悪い噂しか聞いたことがなかった。
中学では学校を牛耳る裏のボスだったとか、町に繰り出してチンピラ狩りしてるとか、他校の不良とグルになってバイクを乗り回したり、学校で火炎瓶を作っていた、という突飛なものもあった。
少女の高校は確かに素行の悪い生徒が多かったが、彼の噂は群を抜いていた。

(はーあ・・・・・・、やだなあ。噂ほどじゃないにしても、おっかない人だよ。ゼッタイ・・・・・・)

少女はやっぱりやめよう、と踵を返しかけた。が、脳裏にかりんとうがよぎり、彼女の足を引き留めた。

「ん、んん、んぎいいいいい・・・・・・!」

しばらくの間少女は葛藤、という人間特有の高度な精神状態にあった。
一分すると、少女はアパートに向き直った。かりんとうの勝利だった。


***


ぴんぽーん・・・・・・。
ぴんぽーん・・・・・・。

・・・・・・。
・・・・・・。

こんこん、こんこん。
・・・・・・こんこん、こんこん。

少女は二歩下がって、表札の「坂井」の文字を確認した。
合っている。
が、インターホンを鳴らそうが、ノックをしようが反応は無かった。
留守なのか、と少女が郵便受けにプリントを入れて立ち去ろうとしたとき、中からげほげほと苦しそうに咳をする音が聞こえた。

立ち去ろうとしていた少女の足が止まる。
少女は振り返って「問題の生徒」の部屋のドアをじっと見つめた。
もう咳の音はしなかった。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

少女はいきなりドアノブを引っつかみ、回してみた。
鍵はかかっていなかった。

「・・・・・・お邪魔します」

返事はなかった。
部屋に入ると、やはりボロっちい台所と、おそらくは居間に通じているであろうガラス戸があった。
台所のシンクには恐ろしい数の食器がたまっており、色々ととんでもないことになっていた。

(なんじゃこりゃ・・・・・・!)

少女は鼻をつまみ、顔をしかめつつ、台所を横切り、居間のガラス戸に手をかける。がたがたとうるさい音を立ててガラス戸は開いた。

「・・・・・・」

およそ想像通りの光景に少女が沈黙する。
台所のシンクばりにとっちらかった部屋の中、ゴミに囲まれて敷かれた布団に顔を赤くした少年が一人、眠っていた。
明らかに風邪かなにかで寝込んでいる少年の脇には、飲み物とか、水の入った袋とか、洗面器とかそういった類の物は一切無かった。
つまりおそらくはこの二日間、少年を看病する者はいなかったのだ。


***


ゆさゆさ、ゆさゆさ。
・・・・・・ゆっさゆっさ、ゆっさゆっさ。
・・・・・・・・・・・・ぱしん。

「・・・・・・ん?」

少年は頬に軽い痛みを覚えて目を覚まし、自分をのぞき込んでいる少女の存在に気づいた。

「・・・・・・誰だ?」

疑心が少年の瞳に浮かんでいた。少女はその目にやや動揺した。

「わ、私は同じクラスの、長谷川です」
「はせがわぁ・・・・・・?」

少年が上半身を起こし横目でじろりと少女を見る。

「・・・・・・何の用?」
「学校で配られたプリントを届けに」
「郵便受けに入れとけばよかったろ」
「入れたわ。そしたらあなたの咳が聞こえたのよ」
「だから?」
「だから・・・・・・お粥を作ったわ」
「お粥?」
「これよ。『スペシャル』なお粥よ」
「はぁ?スペシャル?」
「そうよ。おいしいんだから」

少女が床に置いた「スペシャル」なお粥を指さし胸を張る。少年は相変わらずの冷たい目で、胸を張る少女とスペシャルらしいお粥を見た。
少年は少女を横目で見ながらお粥を受け取り、スプーンで一口、二口と食べ始めた。

「どう?おいしい?ごめんね、スプーンしか見つからなくて……」
「……」

少女の問いかけにも答えることなく少年は黙々とお粥を食べ続けた。
少年は無言のままお粥を食べ終えると、スプーンを置いた。

「ありがとう、世話になった」
「いえいえ、お構いなく」
「いや、何か礼をさせてほしい」
「そんなこと急に言われても……」
「じゃあ、貸しだ」

冷たい目でお粥を見つめたままで少年はボソリと呟く。

「何かあったら力を貸そう。・・・・・・俺にできることなら、な」

少女と視線を合わせると少年はそう付け加えた。
少年の目は最初ほど冷たくなかったように、少女には思えた。


***


翌日、「例の少年」は無事に学校にやってきた。何か言われるかしらと少女は期待していたが、少年は彼女と目があってもほとんど反応を見せなかった。ただ、眉をぴくりと上げただけだった。

(なんなのよ、アイツ・・・・・・!)

眉を上げられた直後、少女は足取り荒々しく廊下を踏みしめて歩いていった。
まあ、そんなことが災いして。

・・・・・・どん。

少女は曲がり角で不良の集団にぶつかった。


***


「・・・・・・あん?」
「あ、あ・・・・・・」

少女はその場にへたりこんで自身の不運を呪った。

「・・・・・・なんだよお前。ぶつかったんなら謝れよ」
「す、すみません」
「痛いなァ・・・・・・。とりあえず、財布出せよ」
「おいおい、女相手だぜ?言葉を選べよ。・・・・・・金は持ってるかい、ベイビー?」

げひゃげひゃひゃと大声で笑う不良たちを見て、少女は本気で突っ込みを入れたくなったが自重した。

(仕方ないわね、財布を渡してやり過ごすしか・・・・・・)

少女がポケットを探るが、そこにあるはずの財布が無かった。
・・・・・・財布は家に忘れてきていた。

(私のばかーっ!!!)

少女は目の前で笑い転げる不良たちにおずおずと声をかける。

「あの、すみません、財布が、その、無いんですけど・・・・・・」
「「「「・・・・・・あ?」」」」
「いえ、その、ですから、たぶん、家に忘れて・・・・・・」
「へーえ・・・・・・、じゃあ、どんな方法で支払ってもらおうかな~・・・・・・?」
「え・・・・・・?」

ひひひひひ、と不良が気味の悪い笑みを浮かべる。
少女は背後でぺたぺたと誰かの足音が聞こえた気がした。
同時にぴたり、と不良の笑みが少しだけ凍り付いた気がした。後ろに気を取られている。振り返ると、「例の少年」が。
不良たちに対して怒りを露わにして立っていた!

・・・・・・ということはなく、ただトイレに行こうとしていただけだった。

「・・・・・・?」

少年は少女と目が合ったが、何してんの?、といった表情でトイレに入っていった。
しばらくしてトイレから少年が出てくるまで不良たちは物音も立てずにじっとしていた。

(アイツ、そんなに怖い奴だったの・・・・・・?)

そして、用を済ませた少年が少女を取り返すために不良にケンカを売る!

・・・・・・こともなく普通に教室に戻っていこうとした。思わず少女は叫んでいた。

「待った!」

少年の足が止まる。何だよ、と目が言っていた。

「助けて!貸しを返して!」

少女が叫ぶと、少年は手はポケットにつっこんだまま、足は一切動かさずに、目だけを動かして不良を一人一人見回した。

「・・・・・・お前ら、何してたんだ?」

少年は一言、ただ質問した。

「いえ、何も・・・・・・」
「はい、何もしてません。はい」
「・・・・・・だってよ。よかったな。じゃ」
「あっ・・・・・・」

少年は去っていった。これじゃあまた絡まれる、と少女は思ったが不良たちは悔しそうな目で少女を見ていた。
要は「あの坂井の知り合いの女」に手を出したことを後悔さえしていたのである。
少女にはその視線の意味がわからなかったが、その視線から逃げるようにして教室に戻った。


***


「・・・・・・あの、ありがとう」
「何が?」

少女は少年の席の前に立った。周りの生徒がひそひそと話していたが、少女は気にしなかった。

「助けてくれたじゃない」
「俺は質問しただけだぞ?」
「それでもよ」
「・・・・・・どうしても礼を言うのか?」
「もちろん」

少年は頬杖をついてこう言った。

「・・・・・・じゃあ、さっきので借りは返したな」
「・・・・・・へ?」
「お前がさっきのを『助けてくれた』って言うんなら、さっきのは借りを返したことになるだろう。違うか?」
「それは・・・・・・」
「俺の借りを下らんことに使わせるな。俺はただあいつらに質問しただけだ。礼は要らない」
「・・・・・・えーと、」
「ん?」

その時、休み時間の終わりを告げるベルが鳴り響き、少年は机に教科書を数冊積み、簡易の枕を作ると寝る体勢に入った。

「俺はもう寝るから。お前は席に戻れよ」
「・・・・・・あの。・・・・・・ありがとう」

結局、少女は席に戻る前に小さな声で礼を言ったが、少年には聞こえなかったのか、彼は何の返事もしなかった。


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