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さまよう羊のように・2

少女はずっと泣き続けていたがようやく泣き止み、さてどうしようか、とココは考えた。
おそらくさっきの男達はマフィアかなにかだろう。その位の迫力はあった。迷子の保護でさえ俺の身には余ることなのにあんな連中が絡んでいるとなるといよいよどうしようもない。
「警察に行くか」
当然の判断だったと言えよう。。このままずっと少女を連れ回すわけにもいかない。しかし、あの男達に見つからないように細心の注意を払わなければならなかった。地図で場所を確認して言った方が賢明だろう、とココは考えた。
「よし、行くか。ついておいで」
と少女に言いつつ、ココは立ち上がった。少女は何事かという目でこちらを見たが、ココがおいでおいでと手招きすると、意図が伝わったらしく、立ち上がってココの顔を見上げた。次の指示を待つ忠犬のようなかわいらしい仕草であった。
よし、とうなずき、ココたちは匿われていたテントもどきから出た。ホームレス達が近付いてきたのでとりあえずジェスチャーで感謝の意を示す。案の定伝わらなかったらしかったが、少女が補った。ホームレス達は各々の独自のジェスチャーで返事をした。多分、がんばれよ、とか、元気で、とかそんな感じだったのだろう。それに応え、ココ達はこの広場を後にした。
幸い交番はそう遠くなかった。ホームレスの広場からせいぜい歩いて五分位の所にあった。
地図を見つつ、おそるおそる道を歩き、曲がり角では先の男達の影に気を付け進んでいった。
ココはケンカは強くもなく弱くもなくといったところだった。とても本職のケンカ屋と正面からやり合うことはできないだろう。

それにしてもどういう訳でこんな十歳位の女の子が強面の男達に追われるはめにあったのだろうか。正直、どこにでもいる普通の女の子にしか見えないが。

そんな栓のないことをココが考えていると、彼らは交番に着いた。気を張りながら歩いてきたのでココには非常に長く感じた。とりあえず物陰に隠れて誰もいないかを確認する。傍目からすればまるで泥棒のようにしか見えなかっただろう。
交番に着いた時、警官にどういう風にして「この娘は迷子なんです」と伝えるか、ココはまだ考えてなかった。言葉の壁はこの娘がなんとかしてくれるだろう、と楽観的に考えていた。
その時、声を掛けられた。ココが振り向くとおそらく目の前の交番の警官であろう男が立っていた。見廻りでもしていたのだろうか。その腰に下げている拳銃はココの国の警官の持つ小さな銃などよりよほど大きかった。そういう物が必要な国だということなのだろうか。
「この子は迷子なんです。保護してもらえますか?」
ココはダメもとで聞いてみた。もちろん英語ではない。迷子の報告などココの英会話能力を越えていた。警官がけげんそうな顔をする。当然だった。
「マフィアカラニゲテルンデス」
女の子が言った。ココには意味は分からなかった。。
すると警官は女の子と目線を合わせるため少し腰をかがめて話を聞き始めた。少女はその警官に何か言う度徐々に安心していくようだった。さっきまで蒼い顔をしていたが顔色がだんだんと戻っていくのが見てとれた。
やっぱり警察は頼りになる、来て良かった、とココが思っていると男が一人歩いてきた。スーツ姿でいかにも紳士という感じの老人だ。彼は警官に用があるらしかった。道でも聞きに来たのだろうか、とココは思った。
紳士は懐から写真らしき紙を取り出して警官に見せた。
「オ、コイツダナ」
警官が写真を見たまま何か言った。それを聞いて少女は鼻の頭に蠅でもとまったみたいな顔になった。
「アア、コイツダ。ウンガヨカッタナ。オモッタヨリ、ハヤクミツカッタヨ」
紳士が少女を見ながら言う。その目には何の感情もない。
少女は切れかけの綱に身を預けるような表情で警官を見た。
警官が少女とココを見た。その目には悪意さえ感じられた。
「マッタク、ニゲタトキイタトキハドウナルカトオモッタゼ。シナモノノカンリハチャントシロヨナ」
警官そう言ったときばねが弾けたように女の子が走りだそうとした。が、紳士に力ずくで抑えつけられる。
同時にココは拳銃を引き抜こうとした警官に襲いかかった。反射的なものだった。警官が握った銃をココが抑えて奪い合いをする形になった。
警官の拳がココの腹を何度かえぐるように当たり、ココの肘が警官の胸を打つ、といった攻防が約三十秒続いた。
おそらく神様はココの方がマシな人間だと判断したのだろう、警官がいつの間にか安全装置を外し、指をかけていたトリガーが奪い合いの最中で引かれた時、銃口は警官の足を向いていた。
警官が激痛に崩れる。ココは警官の手から拳銃を奪い取り、女の子を引きずりながら電話をかけようとしているさっきの紳士に駆け寄り、映画でよく見るように、銃の台尻で殴った。
紳士は痛みで頭を押さえ、体をイモムシのように丸め、警官は膝を抱え、痛みに呻いていた。二人に蹴りの一発をお見舞いしたい衝動がココをとらえたが、さっさと逃げるべきだという理性が勝った。紳士の電話先が気になった。つながっていたのならここに留まるべきではないだろう。
一旦、先ほどのホームレスの所に戻ろう、とココは判断した。他に安全な場所は知らなかった。あそこを偶然見つけられて本当に幸運だったと言えるだろう。戻る場所があることでほんのわずかながらココに安心感を与えた。まあ、ホームレスの寝床というところが難だが、それでも無いよりもずっとましだったのは言うまでもないだろう。

***

ココ達は何とかホームレス広場まで戻ることができた。来た道を戻っただけなのだが、スーツ達の姿は全く見なかった。今のところかなりの強運だろう。不運であることには変わりがないが。
先ほどのホームレス達に再びテントの中に匿ってもらった。本当にありがたいことだとココは思った。見ず知らずの他人を助けるなんてなかなかできることじゃない、とココは完全に自分も危険な状況にいることを忘れて考えていた。一種の逃避といえるかもしれない。体の緊張がすこしずつ解れていくのを感じつつココは漠然と、この少女に詳しい話を聞くしかない、と感じていた。
そこでココはごそごそとポケットをいじり携帯電話を取り出した。そして一瞬ためらうような素振りを見せたがすぐに電話をかけた。
「もしもし。俺だ」
「金なら無いぞ」受話器からナッツの声がした。
「詐欺じゃねーよ」
ココは少し深呼吸をした。
「いきなりで悪いが、ちょっとお前に通訳してほしいんだよ」
「・・・・・・どういうことだ?誰の?」
「女の子だ。詳しくは俺もよくわからん。とにかく聞いてやってくれ」
「・・・・・・わかった」
ナッツがかなり嫌そうな声で言った。それでもやってくれるあたりがやはりいいヤツなのだ。
ココは電話を少女に差し出した。少女は少し驚いたようだったが、受け取った。

***

やれやれ通訳か、面倒だ、とナッツは思った。
「もしもし?」
「もしもし、君の名前は?」
「フォン」
「フォンか。どうしたんだい?」
「マフィアから逃げてきたんです」
「え・・・・・・?」
さすがにナッツの言葉が途切れる。
「本当に?」
「はい」
「そうか・・・・・・。どうして捕まっていたんだい?」
「何日か前に両親に売られました。それでマフィアの所に連れていかれて・・・・・・、そこで、売春させられるか臓器を売られるって聞いて」
やはりか、とナッツは思った。こんな子とマフィアがらみで考えられることと言ったらそれくらいだ。
「・・・・・・・・・・・・・・それで逃げ出したの?」
「・・・・・・そうです」
「わかった。さっきのヤツに代わってくれるかい?」
「はい。・・・・・・あの」
「うん?」
「お名前を聞いても・・・・・・?」
「俺はナッツでそいつはココって呼べばいいよ。あだ名だ」
「ありがとうございます。代わりますね」

***

「もしもし?」
「・・・・・・かなり重いぞ。覚悟しとけ」
ナッツの珍しく真面目な声色にココは身構えた。。
「ああ。まあ、そうだろうとは思ってたから大丈夫だ」
「そうか・・・・・・とにかくその子はマフィアの所から逃げ出してきたんだ」
「やっぱり」
それはココの予想通りだった。
「追われてたのか?」
「現在進行形だ」
「ふむ。マフィアの目的は売春か臓器売買だ」
「・・・・・・本当に?」
「本当だ」
「・・・・・・・・・・・・・」
ココは言葉に詰まった。言うべき言葉が見つからず、腹に変な感触が広がった。湧いてくる言葉がせき止められて腹の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられているみたいな気分だった。
「今どうしてるんだ?無事なのか?」ナッツが静かに問う。
「ああ。ホームレスに匿ってもらってる」
「ホームレスか・・・・・・。早く移動した方がいいな」
「そうか?」
「ああ。多分そういうところは目を付けられやすい」
「わかった。なんとかしてみよう」
かと言ってココにはどうするあてもなかったのだが。
「・・・・・・なあ」
ナッツが言いにくそうに言う。
「何だ?」
「・・・・・・・・・・・言いにくいことなんだが」
図星だった。
「なんだよ、早く言えよ」
「友人として忠告するけどな、今すぐその子を捨てろ」
ナッツはそう言った。文字通りココは自分の耳を疑った。ナッツがそう言ったと信じるより、自分の耳が一瞬悪くなったと考える方がまだ信じられた。
「何て言ったんだ・・・・・・?」
それでも頭のどこかでは紛れもなくナッツの言葉だと理解してもいた。
「命ってのはお前が思っているほど軽くない。親だからわかる。親だからこそ俺はその重みに耐えられるんだ」
ナッツは一旦言い出すと堰を切ったように話し出した。しかし、ココの思考は全く追いついていない。
「何言ってるんだっつってんだろ!」
ついにここは電話口に怒鳴りつけていた。そばで少女が怯えた顔をしたのが視界の端で見えた。
しかし、ナッツは続ける。
「お前はその子の親じゃない。ましてやさっき拾った小娘だろ?お前にとってその子は何の縁もない子だ。お前はその子を拾ったことを・・・・・・」
「黙れ!」
ココは続きの言葉を聞きたくないとでも言うようにナッツの言葉を遮った。次の言葉は確実にココの心にとどめを刺すとわかっていたからだ。
しかし、ナッツは残りの言葉を言った。
「・・・・・・いつか必ず後悔する」
ココはのどに何かが詰まった気がした。そして、その言葉に未来が暗示されたかのように目の前が真っ暗になった。
「俺は・・・・・・」
「その子を助ければ十中八九お前も何らかの傷を負う。おそらくはお前のこれからの人生を狂わせるだろう。そして、それをいつかお前は悔やむ」
「・・・・・・やめてくれ」
「・・・・・・お前にその覚悟はあるか?」
ココは思わず傍らに不安そうに座る少女を見た。目が合った。少女は怯えたような素振りを見せた。
ココは自分の顔がきわめて頼りなく、惨めな表情になっていることに気づいた。
ココはそれに気が付いて少女から目をそらした。
そうだ、そうなのだ。この子は自分を頼っていたのだ。この子にとって頼れるのは自分くらいのものだ。
それなのに。
それなのに、自分はあまりにも非力で頼りない。それが分かっていても俺を頼るしかないのだ。なら、俺はどうするべきだ?情けない俺でもできることは何だ?
眉間をもみほぐす。もう一度少女を見た。今度は見返してきた。ココは少女の目を見ながら、ナッツの問いに答えた。
「無いね」
「そうか」
「でも」ココは低い声で続ける。
「この子を捨てたらもっと後悔する」
と言った。この瞬間、ココは様々なものを切り捨てる感触を味わった。
「・・・・・・・・・・・・いいのか」
「いい」
言ったそばからココは後悔しそうだった。
しかし、ココは思う。そう言ったことは悔やまない。この先何年経ってもきっと大丈夫だ。
俺が少女のためにできること。それは覚悟だ。
この足下で小さく震えるばかりの鳥の雛みたいなこいつを何に代えても護ってやると腹をくくることしかできない。
「・・・・・・わかった。お前がバカだってことは知っていたさ。とりあえず、その子はうちに連れて来い」
これぞため息混じりという口調でナッツは言った。
「いいのか?お前も無事では済まないぜ?」
「ふん、下らねえこと聞くな。お前はここを目指して来い」
「・・・・・・ありがとう。恩に着る」
「くどいぜ?」
「そうだな」
「ああ、そうだ。その子な」
「ん?」
「名前はフォンだ」
女の子、フォンに目を向ける。
「よろしく、フォン」
と電話片手に手を差し出す。フォンは
「ヨロシク、ココ」
と握手を返した。ココにも「ココ」は聞き取ることができた。
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