北の湖の魔女 120話 - 天邪鬼者の作文書庫

北の湖の魔女 120話

2016年10月22日17:02  北の海の魔女

 
120話 開戦

 煙が見える。数千の馬が蹴り上げた土ぼこりがもうもうと立ち込めて薄い茶色の霧のように視界を遮る。風が北に吹いていて良かった。目や口に砂が入るのは嫌いだ。子供のころを思い出す。
 「チョコさん、もうすぐ奴らが攻撃してきます。危ないですから中の方へ……」
 「ここでいい」
 「え、でも……」
 「敵を見ずに指揮なんか出せるわけないだろ」
 チョコはちらりと避難を勧めた兵士を見る。おどおどと、上目づかいでこちらの表情をうかがっている。その仕草を見て自分が苛立っているのがわかった。
 「構わないから君は他の仕事をしたまえ」
 そう言って場所を移る。砦の城壁伝いに迫りくる東軍の観察をする。
 西軍の砦は北西の森から木を切りだしてきて立てられている。その意味でも風向きが西向きでなかったのは幸いだ。一番怖いのは火攻めだったが、当面はそれほど心配しなくてよさそうだ。
 歩きながら兵士たちに声をかけ、指示を出していると城壁の正面に着いた。ビアード将軍もいる。次々と指示を出して忙しそうだ。
 「おお、来てくれたか。兵士たちはかなり参っていてな。元気づけてやってくれんか?」
 「なぜ私なんです。将軍の方が兵たちも喜ぶでしょう」
 「世辞はいい。お前の方がずっと兵に好かれている。やってくれ」
 「わかりました。私も景気付けは嫌いじゃないですし」
 「助かる」
 城壁の正面はすこし広い。将軍がここから指示を出すからだ。椅子もあれば太鼓もあり、法螺貝を持った兵もいる。チョコは太鼓のバチを持った兵に声をかけてバチを借りた。そして太鼓をデタラメに打ち鳴らした。
 「聞け、皆の衆! 今まさに東の国が我らが砦に攻め寄せてきた! 我らはこれを食い止めればよい! それでこの戦は終わる! 猛れ、者どもよ! 我が雄姿を目に焼き付けよ!」
 チョコ将軍は叫び終えると槍を手に取り、城壁から駆け降りると馬に跨って門を開けるように命じた。パカパカと門から外に出て東の国が来るのを待った。門が閉じる。
 東軍は閉門から一分も経たずに土煙とともにやって来た。チョコは布で口元を覆った。砂は嫌いだ。東の軍は城壁から遠く離れた所で止まっている。まるで城壁と東軍の間に広場があるように見える。チョコがぱかぱかと門前の広場へ進み出る。
 「よく来たな。待ちくたびれたぞ!」
 チョコの叫びに対して叫び返す者はすぐには出なかった。もう一度叫んでやろうかとチョコが考え始めた頃、ようやく返事があった。
 「やかましい! 城の目の前に陣取りやがって。邪魔だ。邪魔で仕方ないから、ごみ掃除に来てやったのだ。掃除するのに遅いも早いもあるか!」
 チョコはにやにやと笑った。本気で楽しそうな顔だった。
 相手の将軍は歩兵部隊を率いる将軍のようだ。
 「はっ! 掃除に来たのは我らとて同じぞ! 我らは鼠掃除だがな。巣から出てくるのを待っておったのよ!」
 「ふん、忌々しい口を利く奴よ! 死ぬ前にせめて名前でも聞いてやろう。覚えてやる」
 「チョコ・グァンバールだ。お前は何と言う」
 「エイア・ヴィウビィ」
 「は? ビビィ? かわいい名前だな」
 「ヴィウビィ、だ! 覚える必要は無いぞ、どうせすぐ死ぬからな」
 「ああ。死人の名は覚えなくていいからな。同感だ」
 「けっ。忌々しい奴!」
 二人はそれぞれの武器を構えた。チョコは槍、エイアは左腰に下げていた長剣を抜いた。静まり返った門前のコロッセオに鞘走りの音が響く。

***

 「どこ行へくんだよ」
 「さっき倒したっていう魔法使いのところだよ」
 シャインはホルトゥンの幕舎へ向かって走っていた。盾を取りに行くためである。
 しかし、そんなシャインをひょいと抱え上げた。そして近くにいた馬にシャインを乗せると自分も後ろへ跨り、勢いよく走らせた。
 「急いでるんだろ。お前の足じゃあ日が暮れらあ」
 「確かに。助かったよ」
 走らずに済んだシャインはやや上機嫌になった。声もわずかに楽しそうだ。
 「ホルトゥンは逆鱗の陣とやらを解除するためにどっか行っちゃったし、グルップリーを探してもいいけど、時間かかるし。なによりもさあ」
 シャインはレイケンを振り返り、にやにやと笑いかける。
 「いいこと思いついちゃったから、試したいんだよね」
 「いい性格してるぜ」
 レイケンが嫌味を言うが、シャインは気にせず笑みを浮かべて鼻歌を歌い始めた。

                        ***

 グルップリーは南門から出て東南へ馬を走らせていた。
 魔法が使えなくなったとき、彼は即座にホルトゥンが言っていた竜麟の話を思い出していた。本来は村を守護する役割を担っていた竜麟なら、逆の作用も及ぼすことができるだろう。
 それが正しいとして、今回の魔法封じも竜麟で陣を象っているとして、その効果から逃れるための最も簡単で確実な方法は何か?
 
 それは、「陣の範囲外まで出ること」。

 グルップリーの魔法は遠距離でも、正確性はともかくとして、問題なく機能する。ただ火の玉を発射するだけの魔法だからだ。威力自体は問題ない。今回以上に距離のある実戦も何度か経験している。むしろ反撃が困難になるため、離れれば離れるほどグルップリーの戦力は増強する傾向があった。
 
 つまり、グルップリーの作戦は逆鱗の陣の効果範囲外まで逃れた後、遠距離から東軍を攻撃する、というものである。
 グルップリーはこの作戦の成功自体は確信していた。実際に砦の城壁から東軍を観察したときに、東軍は全くグルップリーが思いついたような遠距離作戦を警戒していなかった。周辺は一面平地なので確認は容易極まりなかった。
 東軍の見落としはグルップリーがいると知らなかったこと、あるいは外見からは砦の出入り口が東西にしか確認できなかったからかもしれない。まあ不注意であることには変わりないが。
 グルップリーにとっての懸念は東軍が降伏に応じない場合、というか牽制の意味が通じない場合だった。今回の東軍の攻撃は遠距離の魔法使いがいると知らなかったとはいえ、あまりにお粗末な突撃だと言わざるを得ない。そんな東軍に声も届かない距離からの降伏要求が通じるかは疑わしい、と彼は思っていた。

 「あーあ……。着いちまったぞ」
 ついにグルップリーは逆鱗の陣の効果範囲外まで出てしまったようだ。小さな火を出して陣の中まで通過するか確かめる。……問題なく通過した。東軍まで攻撃できそうだ。
 
 グルップリーは馬から降りると天に向けて特大の火球を放った。

***

 「うおっ!?」
 握り拳ほど大きさの氷塊がいくつも飛んできたのでホルトゥンは慌てて飛びのいた。氷塊は目の前を通り過ぎてすぐ近くの岩に命中。岩は見事に真っ二つになった。
 「殺す気かよっ」
 「外したか……。当たり前です。早く死んでくださいよー。もう、いい加減寒いし……。先生を殺したら後ろの……西の国だったっけ、東だったっけ? ……あーもう、どっちの国の軍も何もかも全部ぶっつぶす。決めた、今決めた、決めちゃった。……とにかくぜーんぶ、皆殺しにするんでえ。早く死んでくださいよー」
 シエラがだるそうな表情で全身を揺らしながら叫ぶ。大きな声で叫んだかと思えば独り言のように囁いたりと、まるで酔っているようなしゃべり方だった。
 「うふふふふ。あの子はぁ、ホントのことをぉー、どのくらぁい知ってるんですかぁあ? 早く言わないと駄目ですよぉ? 心の準備をさせてあげなきゃあ、ねえ? 子供なんですからぁあ」
 シエラは戦闘が始まってから一貫して同じ戦法をとっている。あたり一面に広範囲に雪を降らせつつ、ホルトゥンの移動を阻むように常に氷の弾丸を放って牽制しているのだ。逆鱗の陣の効果で魔法が使えないホルトゥンはただ逃げ回ることしかできなかった。ホルトゥンはシエラの発狂状態が進行して理性を失い、戦法が崩れる時を待っていたが一向にそのときは訪れなかった。
 「あの子はバカじゃない。ホントのところは薄々感づいているよ。仕組みまでは知る由はないがな」
 「ふーん、つまんないの。ところでせんせー、さっきから私の自我が崩れるのを待ってるでしょ。わかってるんですからね?」
 「わかってるんなら早く(崩壊)して欲しいんだが?」
 「その(崩壊)って何ですかあー」
 強がりを言ったもののホルトゥンは内心焦っていた。こちらの作戦(と呼べるかは怪しいが……)はシエラにはお見通しだったのだ。おまけにシエラの雪のせいで周囲はかなり寒く、足はもうフラフラだ。感覚は既にだいぶ麻痺している。
 ホルトゥンは突然、足を止めて立ち止まった。
 「あら、立ち止まっちゃうんですか」
 「……寒い。手がかじかんできた」
 「足の間違いでは?」
 「どっちでもいいだろ」
 「あらあらぁ、相変わらず強がりで寒がりですね、先生ぇ。とぉってもかわいらしいわぁ」
 「昔はよく雪合戦したよな。お前こそあのときはかわいかったのに」
 ホルトゥンが足元の雪を一握りすくい上げる。
 「あら嫌味な言い方ですことー。……まったく、何年前の話をしてるんですかぁ」
 「327年ぶりかな。たったの。お前はまだこのくらいだった」
 ホルトゥンは雪玉を固めつつ肩をすくめ、腰のあたりで手を水平に動かした。シエラが露骨に嫌そうな顔をする。自分が327年以上生きていることをハッキリ言われたのが気に入らなかったらしい。
 「でも折角だから今日更新しようか」
 ホルトゥンはいきなり雪玉を構えた。思い切り振りかぶって高く投げる。
 「いや、当たんないですよぉ。それはさすがにぃ」
 案の定、雪玉は離れた所に落下。
 「相変わらずコントロールが、わっ!?」
 ……第一球は確かに落下したけれど、第二のノーマークな雪玉が顔面に迫ってきたため、シエラは慌てて避け、勢い余って転んでしまった。
 「くそぅ、このっ、先生めぇ! よくもやってくれた……」
 シエラが悪態をつきながら立ち上がった時にはホルトゥンの姿は見えなくなっていた。
 「ちっ、やられた」
 シエラはよく辺りを見回して確認するが、ホルトゥンの姿はやはり無い。しかし、周囲には岩くらいしか隠れられるような物は無い。
 「下らない真似を……。どうせなら最後まで弄んで殺したかったのにぃ……」
 シエラは両手を前に突き出して氷の弾丸を次々と発射させた。辺りの岩が砕け散り、みるみる数を減らしていく。
 「せんせー、どうですかあ? 逃げ場もなく、為す術もなく、ただただ無慈悲に殺される瞬間を待つ気分は。いい気分でしょ、いい気分でしょ?」
 「……いや、少なくともいい気分ではないだろうよ」
 シエラは背後から聞こえたホルトゥンの声に心底驚いた。心臓が止まるかと本気で思った。驚きのあまり、すぐに振り返ることができなかった。ようやく振り返れば、ホルトゥンは、シエラが最初そうしていたように、大きな岩に腰かけて彼女を見下ろして微笑んでいた。 



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