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夢幻 4.0

1 †††
その後どうなったのか全く覚えていない。
どうやって自分が教室に戻ったのか。
あの女はどこへ行ったのか。
・・・・・・マキノはどうなったのか。

ほとんど幽霊のようになりながらその日の残りを過ごした。
俺を追いかけていったマキノが戻らずに俺だけが戻ったことはおそらくクラスメートにかなりの違和感を与えたのだろうが、マキノについて聞いてくる奴はいなかった。
しばらくすると、全てが終わったことを知らせる鐘が鳴り、クラスメートが全員教室から出ていっても、気づけばぼうっと窓の外をみつめていた。

「帰らないの?」
窓に向けていた目線を前にやると、あの女がいつの間にか少し前の席の椅子に後ろ向きに座り、あごを背もたれの上に乗せてこちらを見ていた。
「・・・・・・」
怒りのあまり、彼女のやる気のない目をにらみつけたまま何も言えなかった。
「・・・・・・彼なら裏の林に置いてきたわ。何日かすれば見つかるでしょう
ね」
「あいつは死んだのか」
少女は俺の目を正面から見据えて言った。
「ええ。間違いないわ」
「俺が殺したんだな」
「そうね」
少女は目を窓の外へとやり、そのまましばらくの間黙って窓の外を見つめていたが、やがて口を開いた。
「来て欲しい所があるの。来てくれる?」
「・・・・・・名前は?」
俺の不意打ちに少女は、え?と少し高い声を出した。
「お前の名前だよ」
そう言って少女を見る俺の目には敵意、のようなものが混じっていた。
それに気づきつつも少女は、
「楓よ」
と名乗った。

†††

「来て欲しいところってのは森の中なのか?」
「そうよ」
背が高く、葉の生い茂った木が何本も立っている。うっすらと霧がかっていて、遠くまでは見通せない。それでも辺り一面が森だ、ということは確かだ。
静かな森だ、と思った。この森が近所にあることは知っていたし、少しくらいなら入ったこともある。しかし、ここまで深い所まで来たことはなかった。正直不気味だ。
「まだなのか?」
「まだよ」
「迷わないだろううな」
「大丈夫よ」
少年の問いかけに楓は即答した。この様子なら迷うことはないだろう。
「それで、誰に会わせるつもりなんだよ。いい加減教えてくれよ」
もう何度目かもしれない質問をまたしてみた。まともな答えが返ってくるとは思っていなかった。ただ、無言で歩いているのが気まずく感じたからまたやっただけだ。
「・・・・・・いいわ。わかった。ちょっとだけ教えてあげるわ。相手はね、人じゃないのよ。神様。神様なのよ」
若干投げやりな感じで楓が言う。
ぽかん、と鳩が豆鉄砲でも食らったような顔になった、と思う。
「・・・・・・え?何、神様?」
「そーよ」
何が気に入らなかったのか、楓はつまらなさそうに口をとがらす。
しばらくの間、楓が何か説明するのを待ったが、いつまでも彼女は説明を始める様子を見せなかった。考えているそぶりもない。
「・・・・・・説明してくれないか?」
「嫌よ、そんなの」
楓はおそるべき台詞をしゃあしゃあと吐いた。
「おい、説明しろよ、そこは。気になるだろうが」
そう文句を言っても、のれんに腕押し。堂々としたもので、
「着けばわかるわよ」
などと言っている。
俺にはただ頭をかきむしり、歯ぎしりすることしかできなかった。

†††

「お、おい、なんだよアレ」
「『社』よ。私たちはそう呼んでるわ」
楓が社、と呼んだ物は一言で言えば神社だった。ただし鳥居は無い。水を柄杓ですくったりするところも無い。あるのは社殿と灯籠だけ。
しかも全体的におそろしく古かった。
そのためか全体的にかなり異様な雰囲気を醸し出している。いわゆる「出そう」な建物だ。
楓がすたすたとその社に向かっていく。社には近づきたくない、と思ったが、ここは深い森のまっただ中。一人でいるのは正直かなり怖かった。口が裂けても言えないけど置いて行かれたくない、と思って少し小走りで追いかけると、楓が振り返って、
「置いて行かれるのが怖かったの?」
と、口元にうっ・・・・・・すらと笑みを浮かべていった。
「こ、怖くねえよ!」
俺は思わずちょっと大声を出してしまった。

社に向かって少し歩くと社殿の中から男が一人出てきた。上が深い赤の道着、下が黒の袴。なんとなく弓を射る人のイメージが浮かんだ。理由は未だにわからない。
ちなみに楓はシャツにジーパンの普通の格好だ。格好の善し悪しは生憎と俺のセンスが無さすぎて判断つかない。
「なんだそいつは」
その袴男が楓に向かって言った。楓の知り合いなのだろう。少なくとも俺の知り合いではない。
「式よ」
シキ?なんだそりゃ。
しかしつくづく説明の少ない女だな、とも心中でつぶやいた。
「式だと?アレを成功させたのか」
「見りゃわかるでしょ」
あの返事で納得した男もすごいが、楓のおそろしく無愛想な返事もすごいな。だけど何よりも『アレ』ってのが気になる。
俺一人だけが頭の中にたくさんのもやもやを抱えていた。

「ふうむ・・・・・・。ならいいか。入るがいい。ただし粗相の無いようにな」
「わかってるわよ」
「全く・・・・・・。もういい、さっさと入れ」
最後には袴男は面倒になったのか手をひらひらとさせてどこかへ行ってしまった。
楓がこちらを見る。その目には何の感情も見えなかった。
「入るわよ」

†††

まず、障子を開けた。なかなか広い畳の部屋があった。広い部屋なのだが、もったいないことに何も置いていなかった。これまたちょっと不気味だった。
「ほら、行くわよ」
楓は下駄を脱いでずんずんと部屋の奥の襖に向かっていく。俺も慌てて靴を脱いで追いかけた。
次の襖を開ける。これまた似たような部屋だった。歩いていって楓はまたも奥の襖に手をかける。
まさか、と思ったがそのまさかだった。
次も似たような部屋だった。
「なに変な顔してんのよ。さっさと行くわよ」
楓は歩みを止めた俺に向かって非難するような目で言った。

†††

一体何回襖を開けたのか数えていなかったが、おそらく何十回目かの襖の前で楓は止まった。ずっと直進してきたわけではなく、途中で何度か左折したり右折したりした。左折を四回続けたところもあった。必要なのかと楓に聞くと、
「必要よ」
という一言が返ってきた。

襖を前にして楓が言う。
「この次にいらっしゃるわ」
「か、神様が?」
楓がこくり、とうなずく。実は社に入ったあたりから緊張していたのだが、いよいよ緊張は頂点に達した。神様がこのさきにいるなどあるわけないと思っていても、体は強ばっていた。
楓が襖の前で正座したので、それにならう。
「入るわよ」
「ま、待ってくれよ」
深呼吸くらいさせてくれ、という言葉がのどから出る前に楓は奥の間に厳かな声で願い入れた。
「入ってもよろしいでしょうか」
そんな言葉遣いでいいのか、と思ったが、
「入れ」
とすぐに返事が返ってきた。案外神様の扱いも軽いのだろうか。使う敬語がその辺の面接で使うのと大差無いじゃないか。
楓が面を下げたまま襖を開けた。やはり楓にならって顔は上げなかった。
「新入りか?」
「はい。式神にございます」
「ほお・・・・・・」
式神?
「なるほど・・・・・・。面を見せてみよ」
俺のことかな、とそろそろと顔を上げてみた。首が強ばってぎしぎし言った。
『神様』は人間みたいな格好をしていた。
顔は半分しか見えなかった。お面をしていた。狐の面。下半分、口の周りの部分が無い、上半分だけの面。それで、全体的に白で所々に赤の線が走る着流しを着ている。
そこでしげしげと神様をみつめている自分に気づいて目を伏せた。
「この者を神官としてもよろしいでしょうか」
楓が顔を伏せたまま言う。
「よい」
シンカン?なんのことだろう?
「用は以上か?なら下がれ」
「はい。失礼しました」
楓が襖を閉じる。
「ふう、緊張した」
楓はほんの少しだけ感情を表に出してそう言った。
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